・・・杣の入るべき方とばかり、わずかに荊棘の露を払うて、ありのままにしつらいたる路を登り行けば、松と楓樹の枝打ち交わしたる半腹に、見るから清らなる東屋あり。山はにわかに開きて鏡のごとき荻の湖は眼の前に出でぬ。 円座を打ち敷きて、辰弥は病後の早・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・我身の若さ、公の清らに老い痩枯れたるさまの頼りなさ、それに実生の松の緑りもかすけき小ささ、わびきったる釣瓶なんどを用いていらるるはかなさ、それを思い、これを感じて、貞徳はおのずから優しい心を動かしたろう、どうぞこの松のせめて一、二尺になるま・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・の、其の堺の大小路を南へ、南の荘の立派な屋並の中の、分けても立派な堂々たる家、納屋衆の中でも頭株の嚥脂屋の奥の、内庭を前にした美しい小室に、火桶を右にして暖かげに又安泰に坐り込んでいるのは、五十余りの清らな赭ら顔の、福々しい肥り肉の男、にこ・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・そしてまた実際において、そういう中川べりに遊行したり寝転んだりして魚を釣ったり、魚の来ぬ時は拙な歌の一句半句でも釣り得てから帰って、美しい甘い軽微の疲労から誘われる淡い清らな夢に入ることが、翌朝のすがすがしい眼覚めといきいきした力とになるこ・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・「書きたくないことだけを、しのんで書き、困難と思われたる形式だけを、えらんで創り、デパートの紙包さげてぞろぞろ路ゆく小市民のモラルの一切を否定し、十九歳の春、わが名は海賊の王、チャイルド・ハロルド、清らなる一行の詩の作者、たそがれ、うなだ・・・ 太宰治 「喝采」
・・・レモン石鹸にて全身の油を洗い流して清浄の、やわらかき乙女か、誰と指呼できぬながらも、やさしきもの、同行二人、わが身に病いさえなかったなら、とうの昔、よき音の鈴もちて曰くありげの青年巡礼、かたちだけでも清らに澄まして、まず、誰さん、某さん、お・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・ ◎夕刊の鈴の音、 ◎古本ややさらさの布売の間にぼんやり香水の小さい商品をならべて居る大きな赧髭のロシア人 ◎気がついて見ると、大きな人だかりの中から、水兵帽をかぶり、ブロンドのおかっぱを清らげに頬にたれた蒼白い女の子が両手に赤・・・ 宮本百合子 「一九二三年夏」
出典:青空文庫