・・・我々人間に比べれば、河童は実に清潔なものです。のみならず我々人間の頭は河童ばかり見ていた僕にはいかにも気味の悪いものに見えました。これはあるいはあなたにはおわかりにならないかもしれません。しかし目や口はともかくも、この鼻というものは妙に恐ろ・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・しかしその宿は清潔でもあり、食事も玉子焼などを添えてあった。 たぶんまだ残雪の深い赤城山へ登った時であろう。西川はこごみかげんに歩きながら、急に僕にこんなことを言った。「君は両親に死なれたら、悲しいとかなんとか思うかい?」 僕は・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・せつせつ洗えば、それで清潔になるのである。 或る料理屋の女将が、小間物屋がばらふの櫛を売りに来た時、丁度半纏を着て居た。それで左手を支いて、くの字なりになって、右手を斜に高く挙げて、ばらふの櫛を取って、透かして見た。その容姿は似つかわし・・・ 泉鏡花 「白い下地」
・・・……今朝三階の座敷を、ここへ取り替えない前に、ちと遠いが、手水を取るのに清潔だからと女中が案内をするから、この離座敷に近い洗面所に来ると、三カ所、水道口があるのにそのどれを捻っても水が出ない。さほどの寒さとは思えないが凍てたのかと思って、谺・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・――虫だが、書物ばかり食っている、しみのような虫だから、失礼ながら君よりは、清潔だよ。それさえ……それでさえ、聞けよ。――心中の相談をしている時に、おやじが蜻蛉釣る形の可笑さに、道端へ笑い倒れる妙齢の気の若さ……今もだ……うっかり手水に行っ・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・、茶器があろうが、抹茶を立てようが、そんなことで茶趣味の一分たりとも解るものでない、精神的に茶の湯の趣味というものを解していない族に、茶の端くれなりと出来るものじゃない、客観的にも主観的にも、一に曰く清潔二に曰く整理三に曰く調和四に曰く趣味・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・が、心配しないで下さい、僕は美男子だからやっつけられるんです、僕がこんなにいい男前でなかったら、批評家もほめてくれますよと答えたくらい、容貌に自信があり、林芙美子さんも私の小説から想像していた以上の、清潔な若さと近代性を認めてくれたのである・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・風采は上らぬといえ帝大出だし笑えば白い歯ならびが清潔だと、そんなことも勘定に入れた。 ところが寺田の両親が反対した。「お寺さん」という綽名はそれと知らずにつけられたのだが、実は寺田の生家は代々堀川の仏具屋で、寺田の嫁も商売柄僧侶の娘を貰・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・ しかし、彼とても人並みに清潔に憧れないわけではない。たとえば、銭湯が好きだった。町を歩いていて銭湯がみつかると、行き当りばったりに飛び込んで、貸手拭で汗やあぶらや垢を流してさっぱりするのが好きだった。だから一日に二度も三度も銭湯へ飛び・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
・・・ 二十七の歳までお嫁にも行かず、若い娘らしい喜びも知らず、達磨さんは孤独な、清潔な苦労とにらみっこしながら、若い生涯を終ってしまったのである。その姉のさびしい生涯を想えば、もはや月並みな若い娘らしい幸福に甘んずることは許されず、姉の一生・・・ 織田作之助 「旅への誘い」
出典:青空文庫