・・・ 僕は、帰京したら、ひょッとすると再び来ないで済ませるかも知れないと思ったから、持って来た書籍のうち、最も入用があるのだけを取り出して、風呂敷包みの手荷物を拵えた。 遅くなるから、遅くなるからと、たびたび催促はされたが、何だか気が進・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ 店仕舞いメチャクチャ大投売りの二日間の売上げ百円余りと、権利を売った金百二十円と、合わせて二百二十円余りの金で問屋の払いやあちこちの支払いを済ませると、しかし十円も残らなかった。 二階借りするにも前払いでは困ると、いろいろ探してい・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・ 豹吉が雪子に興味を抱いているらしいことは無論知っていたが、しかし、はっきり豹吉の口から聴いてみると、改めて嫉妬があり、「ただでは済ませるもんか」 という自尊心のうずきが、お加代の額にピリッと動いた。「なるほど、家を飛び出す・・・ 織田作之助 「夜光虫」
出典:青空文庫