・・・気候もまず温和である。土人は、――あの黄面の小人よりも、まだしも黒ん坊がましかも知れない。しかしこれも大体の気質は、親しみ易いところがある。のみならず信徒も近頃では、何万かを数えるほどになった。現にこの首府のまん中にも、こう云う寺院が聳えて・・・ 芥川竜之介 「神神の微笑」
・・・おもての色やや沈み、温和にして、しかも威容あり。旅館の貸下駄にて、雨に懸念せず、ステッキを静人形使 (この時また土間の卓子画家 ははあ、操りですな。夫人 先生――ですか、あの、これは私のじゃあございませんの。画家 (はじめて・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・そういう境遇のところへ、隣のことであるから、自然省作の家と往復して、省作の人柄が、温和なうちにちゃんとしたところがあり、学問とて清六などの比ではない、そのほかおとよさんとどこか気のあったところのあるので、おとよさんはついに思いをよせる事にな・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・私もこうして一年御厄介になって居てみれば、お民さんはほんと優しい温和しい人です。お母さんに少し許り叱られたって、それを悔しがって泣いたりなんぞする様な人ではありますまい。私がこんなことを申してはおかしいですが、政夫さんとお民さんとは、あアし・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・いつでも旧思想の圧迫に温和しく抑えられて服従しておる。文人は文人同志で新思想の蒟蒻屋問答や点頭き合いをしているだけで、社会に対して新思想を鼓吹した事も挑戦した事も無い。今日のような思想上の戦国時代に在っては文人は常に社会に対する戦闘者でなけ・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・その筋に分ったら大変だと、全部の女給に暇を出し、新しく温和しい女ばかりを雇い入れた。それでやっと危機を切り抜けた。店で承知でやらすならともかく、女給たちに勝手にそんな真似をされたら、もうそのカフェは駄目になると、あとで前例も聞かされた。・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・吉田は、とにかく女の言うことはみな聞いたあとで温和しく断わってやろうと思っていた自分が、思わず知らず最後まで追いつめられて、急に慌ててカッとなったのに自分ながら半分は可笑しさを感じないではいられなかったが、まだ日の光の新しい午前の往来で、自・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・無言で一日暮すこともあり、自分の性質の特色ともいうべき温和な人なつこいところは殆ど消え失せ、自分の性質の裏ともいうべき妙にひねくれた片意地のところばかり潮の退た後の岩のように、ごつごつと現われ残ったので、妻が内心驚ろいているのも決して不思議・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・倉蔵は言葉を早めて、益々小さな声で「然し晩になると大概校長さんが来ますからその時だけは幾干か気嫌が宜えだが校長さんも感心に如何なんと言われても逆からわないで温和うしているもんだから何時か老先生も少しは機嫌が可くなるだ……」「倉蔵! ・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・一体土地の風俗温和にていやしからず。中学は東京の大学に似たれど、警察署は耶蘇天主堂に似たり。ともかくも青森よりは遥によろしく、戸数も多かるべし。肴町十三日町賑い盛なり、八幡の祭礼とかにて殊更なれば、見物したけれど足の痛さに是非もなし。この日・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
出典:青空文庫