・・・私はこれらの自然から産みだされる人間や文化にさえ、疑いを抱かずにはいられないような気がした。温室に咲いた花のような美しさと脆さとをもっているのは彼らではないかと思われた。 私たちは間もなく須磨の浜辺へおり立っていた。「この辺は私もじ・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・既にこの数年の間にかほど進歩の機運が熟するとしたなら、突然それを阻害する事情の起らない限りは、文芸院などという不自然な機関の助けを藉りて無理に温室へ入れなくても、野生のままで放って置けば、この先順当に発展するだけである。我々文士からいっても・・・ 夏目漱石 「文芸委員は何をするか」
・・・ああ、劇しい嵐。よい暴風。雨春と冬との変りめ生暖い二月の天地を濡し吹きまくる颱風。戸外に雨は車軸をながし海から荒れ狂う風は鳴れど私の小さい六畳の中はそよりともせず。温室の窓のように若々しく汗をかいた硝・・・ 宮本百合子 「海辺小曲(一九二三年二月――)」
・・・ A氏のところに寄る。温室にスウィートピーが植込まれたところ。一本一本糸の手が天井から吊ってあり、巻ひげを剪ってある。或は細かい芽生。親切心のたっぷりした者でなくては園芸など出来ずと思った。温室のぶどう、バラの花を貰う。今度お菓子を持っ・・・ 宮本百合子 「金色の秋の暮」
・・・ 種だけ生産の場所からとって行って、それを育てるのは作家の書斎の中で温室的にやるのではなく、職場にあふれているプロレタリア芸術の種を、職場で、職場の労働者自身の手で育てあげよう。作家はそのために技術的助力をすべきであるという要求が、一般勤労・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・ 温室の空気などと! おお。私は重い睡い空気と何とか新鮮な人間の生きるにふさわしいオゾーンを発生させようと夜もひるも動いている小さい丸いダイナモなのに あなたの手紙は私を笑わせ、そして愛情のふかい怒った心持も起させ、ゲンコをその鼻先にこすり・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・によって後者の庶民的生活力には結びつかず、象徴派のマラルメやアンリ・ド・レニエなどと相識り、爾後四五年間はその温室の中にあって、間接に『法螺貝』、『半人獣』などという雑誌編輯に当り、グループの「最も光彩陸離たる聖職者の一人」となった。 ・・・ 宮本百合子 「ジイドとそのソヴェト旅行記」
・・・ ころびそうな足元で庭を一順廻ると、温室のくもりガラスを透して、きんかんの黄色な実が、ぼんやりと花の様に見えて居る。 青くて買って来た実も、知らないうちに熟したものと見える。 七つ八つの頃、きんかんが何よりすきで、祖母と浅草に行・・・ 宮本百合子 「霜柱」
・・・彼は畑や、硝子をキラキラ夕栄えさせる温室の陰やらを気ぜわしく鳴きながら歩き廻った。「ゴロッホーゴロッホー」 彼は雌を熱心にさがし求めた。水蓮が枯れて泥ばかりの水鉢の奥から、霜よけの藁まで嘴で突いた。彼は深い孤独の悲しみと恋しさに燃え・・・ 宮本百合子 「白い翼」
・・・ ガラス張の屋内温室の、棕梠や仙人掌の間に籐椅子がいくつかあり、その一つの上に外国新聞がおきっぱなしになっている。人がいた様子だけあって、そこいらはしんとしている。 大階段の大理石の手すりにもたれて下をのぞいたら、表玄関が閉っていて・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
出典:青空文庫