・・・等と話しながら、温室の前に出ると黄ばんだ芝生の何とも云えず落着きのある色と確かな常磐木の緑、気持の好い縞目を作って其の影を落して居る裸の木の枝々の連り等が、かなり長い間此那所へ来ないで居た私の目に喫驚する位嬉しく写りました。 私・・・ 宮本百合子 「小さい子供」
・・・彼はパリへまで吹きつけて来るロシアの若い時代の嵐を、自身は温室の硝子の内から観察したのであった。 ツルゲーネフが、女を非常に同情的な態度で描いたことは、彼の作品の顕著な一つの特色であろう。私達はヴィアルドオ夫人がツルゲーネフに与えた・・・ 宮本百合子 「ツルゲーネフの生きかた」
・・・はじめ「温室」「レモンと花」「静物」等、殆どすべてがアトリエ中心であり、自足してそれぞれの生活の内にはまっているのが、鋭い比較で私に呼びかけたのであった。 全くこの一見逆の結果はどうして起っているのであろうか。素人の考えとして私は、洋画・・・ 宮本百合子 「帝展を観ての感想」
・・・空が雑木の梢を泛べて広く見渡せ、枝々の間から遙に美しく緑青をふいた護国寺の大屋根が見えた。温室に住んでいるよう、また、空中に浮いているような気もしたが景色はよかった。今度引越した小さい家は、高台ではあるが元の借間程見晴しはない。けれども硝子・・・ 宮本百合子 「春」
・・・夏は、六十八年ぶりという暑熱で、温室のように傾斜したガラス屋根の建物を蒸し、焙りこげつかせていたのに。―― ひろ子は思い出にせき上げた。総て、すべてのこういうことを、どうして重吉に話しきれるだろう。重吉が帰って、こうして、ひろ子の息づき・・・ 宮本百合子 「風知草」
○温室の石井を呼びつける、 m 真中、右 石井、左 石井 草の工合をきいているが 妙にからんで「昨日よそへ行きましたら、カーネーションがのでんですっかりよく育って居りましたよ さし木をしてねエ、あれは温室でなくて・・・ 宮本百合子 「無題(九)」
・・・ その辺には誰もいない。温室のようなガラス張の天井があちらに見えた。喫茶室とあるので日本女はその中へ入って行った。沢山の空の籐椅子の上に日光がある。高いガラス天井の下やしゅろの鉢植のまわりを雀が二羽飛び廻っていた。茶番の年とった女がいる・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
・・・もう温室の外にはあらゆる花と云う花がなくなっている頃の事である。山茶花も茶の花もない頃の事である。 サフランにも種類が多いと云うことは、これもいつやら何かで読んだが、私の見たサフランはひどく遅く咲く花である。しかし極端は相接触する。ひど・・・ 森鴎外 「サフラン」
出典:青空文庫