・・・ 市中の地下鉄と違って線路が無暗に彎曲しているようである。この「上野の山の腹わた」を通り抜けると、ぱっと世界が明るくなる。山のどん底から山の下の平野の空へ向って鉄路が上向きに登っているから、恰度大砲の中から打出されたような心持がして面白・・・ 寺田寅彦 「猫の穴掘り」
・・・と命名した球形の電磁石がつり下がっており、他の一方には陰極が插入されていて、そこから強力な陰極線が発射されると、その一道の電子の流れは球形磁石の磁場のためにその経路を彎曲され、球の磁極に近い数点に集注してそこに螢光を発する。その実験装置のそ・・・ 寺田寅彦 「B教授の死」
・・・ 伝説によれば水戸黄門が犬を斬ったという寺の門だけは、幸にして火災を逃れたが、遠く後方に立つ本堂の背景がなくなってしまったので、美しく彎曲した彫刻の多いその屋根ばかりが、独りしょんぼりと曇った空の下に取り残されて立つ有様かえって殉死の運・・・ 永井荷風 「伝通院」
・・・先ず彎曲した屋根を戴き、装飾の多い扉の左右に威嚇的の偶像を安置した門を這入ると真直な敷石道が第二の門の階段に達している。敷石道の左右は驚くほど平かであって、珠の如く滑かな粒の揃った小石を敷き、正方形に玉垣を以て限られた隅々に銅の燈籠を数・・・ 永井荷風 「霊廟」
・・・その自然木の彎曲した一端に、鳴海絞りの兵児帯が、薩摩の強弓に新しく張った弦のごとくぴんと薄を押し分けて、先は谷の中にかくれている。その隠れているあたりから、しばらくすると大きな毬栗頭がぬっと現われた。 やっと云う掛声と共に両手が崖の縁に・・・ 夏目漱石 「二百十日」
蓮の花は日本人に最も親しい花の一つで、その大きい花びらの美しい彎曲線や、ほのぼのとした清らかな色や、その葉のすがすがしい匂いや肌ざわりなどを、きわめて身近に感じなかった人は、われわれの間にはまずなかろうと思う。文化の上から言っても蓮華・・・ 和辻哲郎 「巨椋池の蓮」
・・・石垣や門の屋根などの持っている彎曲線は、対岸の西洋建築には全然見いだされないものである。石垣の石の積み方も、規格の統一とはおよそ縁のない、また機械的という形容の全然通用しない、従ってそれぞれの大きさ、それぞれの形の石に、それぞれその場所を与・・・ 和辻哲郎 「城」
出典:青空文庫