・・・「それが、三七日の間、お籠りをして、今日が満願と云う夜に、ふと夢を見ました。何でも、同じ御堂に詣っていた連中の中に、背むしの坊主が一人いて、そいつが何か陀羅尼のようなものを、くどくど誦していたそうでございます。大方それが、気になったせい・・・ 芥川竜之介 「運」
・・・その鄰りに常夜燈と書いた灯を両側に立て連ね、斜に路地の奥深く、南無妙法蓮華経の赤い提灯をつるした堂と、満願稲荷とかいた祠があって、法華堂の方からカチカチカチと木魚を叩く音が聞える。 これと向合いになった車庫を見ると、さして広くもない構内・・・ 永井荷風 「寺じまの記」
・・・見て悟る所があって、犬の分際で人間を喰うというのは罪の深い事だと気が付いた、そこで直様善光寺へ駈けつけて、段々今までの罪を懺悔した上で、どうか人間に生れたいと願うた、七日七夜、椽の下でお通夜して、今日満願というその夜に、小い阿弥陀様が犬の枕・・・ 正岡子規 「犬」
出典:青空文庫