・・・それから中一年置いて、家康が多年目の上の瘤のように思った小山の城が落ちたが、それはもう勝頼の滅びる悲壮劇の序幕であった。 武田の滅びた天正十年ほど、徳川家の運命の秤が乱高下した年はあるまい。明智光秀が不意に起って信長を討ち取る。羽柴秀吉・・・ 森鴎外 「佐橋甚五郎」
・・・だが、感覚のない文学は必然に滅びるにちがいない。恰も感覚的生活がより速に滅びるように。だが感覚のみにその重心を傾けた文学は今に滅びるにちがいない。認識活動の本態は感覚ではないからだ。だが、認識活動の触発する質料は感覚である。感覚の消滅したが・・・ 横光利一 「新感覚論」
・・・霊魂は肉体の作用であり肉体とともに滅びる。死とは活動の休止であり組織の解体であるがゆえに死後の生があるわけはない。この事実から眼をそむけて神と死後の生とを仮構するのは、現実をありのままに受容するに堪えない卑怯者の所作に過ぎぬ。――かくのごと・・・ 和辻哲郎 「『偶像再興』序言」
出典:青空文庫