・・・滅っ茶、滅茶。菊子さん。顔から火が出る、なんて形容はなまぬるい。草原をころげ廻って、わあっと叫びたい、と言っても未だ足りない。「それでは、あの手紙を返して下さい。恥ずかしくていけません。返して下さい。」 戸田さんは、まじめな顔をして・・・ 太宰治 「恥」
・・・ などと喧嘩をはじめるとは、よっぽど鴎外も滅茶な勇気のあった人にちがいない。この格闘に於いては、鴎外の旗色はあまり芳しくなく、もっぱら守勢であったように見えるが、しかし、庭に落ちて左手に傷を負うてからは「僕には、此時始めて攻勢を取ろうと・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・おれの凄惨な一声で、この団欒が滅茶々々になるのだ、と思ったら喉まで出かかった「助けて!」の声がほんの一瞬戸惑った。ほんの一瞬である。たちまち、ざぶりと大波が押し寄せ、その内気な遭難者のからだを一呑みにして、沖遠く拉し去った。 もはや、た・・・ 太宰治 「一つの約束」
・・・軽薄才子のよろしき哉。滅茶な失敗のありがたさよ。醜き慾念の尊さよ。 Confiteor 昨年の暮、いたたまらぬ事が、三つも重なって起り、私は、字義どおり尻に火がついた思いで家を飛び出し、湯河原、箱根をあるきまわり、箱・・・ 太宰治 「碧眼托鉢」
・・・――その時はツルゲーネフに非常な尊敬をもってた時だから、ああいう大家の苦心の作を、私共の手にかけて滅茶々々にして了うのは相済まん訳だ、だから、とても精神は伝える事が出来んとしても、せめて形なと、原形のまま日本へ移したら、露語を読めぬ人も幾分・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・文学の本は自分の滅茶な選択でもおのずから整理されてよめたが、文学以外の読書のひろがりを示して頂いたのは、ほかならぬ千葉先生であった。心理学という学課が入って来た五年生の時、野上彌生子の「二人の小さきァガボンド」が、『読売新聞』に掲載された。・・・ 宮本百合子 「女の学校」
・・・ 馬琴は、何も、眇の小銀杏が、いくら自分を滅茶にけなしたからと云って、「鳶が鳴いたからと云って、天日の歩みが止るものではない」事は知って居るのである。よく分って居るのである。 けれども、けなされれば心持の悪いという事実は瞞着するに余・・・ 宮本百合子 「樹蔭雑記」
出典:青空文庫