・・・妻がぎごちなそうに手を挙げて髪をいじっている間に彼れは思い切って半分ガラスになっている引戸を開けた。滑車がけたたましい音をたてて鉄の溝を滑った。がたぴしする戸ばかりをあつかい慣れている彼れの手の力があまったのだ。妻がぎょっとするはずみに背の・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ピアノが台の下の小滑車で少しばかり歩き出しており、花瓶台の上の花瓶が板間にころがり落ちたのが不思議に砕けないでちゃんとしていた。あとは瓦が数枚落ちたのと壁に亀裂が入ったくらいのものであった。長男が中学校の始業日で本所の果てまで行っていたのだ・・・ 寺田寅彦 「震災日記より」
・・・ ずいぶん粗末な小屋掛け同様の建物が出来、むこうの部落まで、真中に一ヵ所停留場を置いて、数間置きに支柱が立って、鋼鉄の縒綱が頂上の滑車に通り、いよいよ運転を開始したのは、もう七月も半ば過ぎていた。 六はもちろん、早速見物に行った。・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
出典:青空文庫