・・・ 堤の上はそよ吹く風あれど、川づらはさざ波だに立たず、澄み渡る大空の影を映して水の面は鏡のよう。徳二郎は堤をおり、橋の下につないである小舟のもやいを解いて、ひらりと乗ると、今まで静まりかえっていた水面がにわかに波紋を起こす。徳二郎は、・・・ 国木田独歩 「少年の悲哀」
・・・登りつむればここは高台の見晴らし広く大空澄み渡る日は遠方の山影鮮やかに、国境を限る山脈林の上を走りて見えつ隠れつす、冬の朝、霜寒きころ、銀の鎖の末は幽なる空に消えゆく雪の峰など、みな青年が心を夢心地に誘いかれが身うちの血わくが常なれど、今日・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・ 寒月の隈なく照り輝いた風のない静な晩、その蒼白い光と澄み渡る深い空の色とが、何というわけなく、われらの国土にノスタルジックな南方的情趣を帯びさせる夜、自分は公園の裏手なる池のほとりから、深い樹木に蔽われた丘の上に攀じ登って、二代将軍の・・・ 永井荷風 「霊廟」
・・・只眼を放つ遙か向の果に、樹の幹が互に近づきつ、遠かりつ黒くならぶ間に、澄み渡る秋の空が鏡の如く光るは心行く眺めである。時々鏡の面を羅が過ぎ行様まで横から見える。地面は一面の苔で秋に入って稍黄食んだと思われる所もあり、又は薄茶に枯れかかった辺・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
出典:青空文庫