・・・ その晩から天気は激変して吹雪になった。翌朝仁右衛門が眼をさますと、吹き込んだ雪が足から腰にかけて薄ら積っていた。鋭い口笛のようなうなりを立てて吹きまく風は、小屋をめきりめきりとゆすぶり立てた。風が小凪ぐと滅入るような静かさが囲炉裡まで・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・時代の激変をどうして感ぜずにいられよう。 夕陽は荷舟や檣の輻輳している越前堀からずっと遠くの方をば、眩しく烟のように曇らしている。影のように黒く立つ石川島の前側に、いつも幾艘となく碇泊している帆前船の横腹は、赤々と日の光に彩られた。橋の・・・ 永井荷風 「深川の唄」
・・・文造は此の気象の激変に伴う現象を怖れた。彼は番小屋へ駆け込んで太十を喚んだ。太十は死んだようになって居る。「北の方はひでえケイマクだ。おっつあん遁げたらよかねえか」「うるせえな」 太十は僅にこういった。彼は精神の疲労から迚ても動・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・だから日本歴史全部のうちで尤も先生の心を刺戟したものは、日本人がどうして西洋と接触し始めて、またその影響がどう働らいて、黒船着後に至って全局面の劇変を引き起したかという点にあったものと見える。それを一通り調べてもまだ足らぬ所があるので、やは・・・ 夏目漱石 「マードック先生の『日本歴史』」
・・・ 三 この二三年らい日本のあらゆる事情が激変しているが、特に昨今は物価の乱調子な気ぜわしない上り下りや様々の必需品の不揃い不安定な状態も、切実に生活感情のうちにそのかげをうつしているのだと思う。乾物屋が店の・・・ 宮本百合子 「今日の読者の性格」
・・・時代が、或事件に依って、激変を来たそうとして居る時、変転する文明を理解し得ない女性の存在は恐るべきものでございます。 私は、真個に真心から、もっと、もっと自分の仲間が力に満ちた、広やかな頭脳と胸とを以て生活する事を、其に対する憧憬と努力・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・ そして、この時に起ったこの心の激変――子供心の非常に動かされた死に対しての観念は長い間私の心の奥に潜んで居て四五年立ってから不思議な力を以て、更に思いがけない今の私には殆ど夢の様な反対の方向に私を動かして居たのである。 彼の荒武者・・・ 宮本百合子 「追憶」
・・・ 暫の間、圏境の激変に乱れている心の焦点は、それが鎮ると共に、底の知れない将来の不安の上に全力を集注させて仕舞ったのです。 彼女にとって、この根本的な不安を除去するものは、結婚より外に無く感ぜられました。当時三十歳を越していた彼女は・・・ 宮本百合子 「ひしがれた女性と語る」
・・・ 一年前の五月九日、翌る朝から自分の境遇が激変するとも知らず、私は午後から本郷の父の家へ遊びに行った。一昨年母がなくなってからここには父と弟夫婦と妹とが暮している。生れて半年ばかりの赤坊もいて、お祖父さんになった父は私を自分の隣りに坐ら・・・ 宮本百合子 「わが父」
・・・そうして年とともに自然に失われて、特殊の激変に逢わない限り、再び手に入れることのむずかしいものです。 この時期には内にあるいろいろな種子が力強く芽をふき始めます。ちょうど肉体の成長がその絶頂に達するころで、余裕のできた精力は潮のように精・・・ 和辻哲郎 「すべての芽を培え」
出典:青空文庫