・・・夫人 (激怒したるが、忘れたように微笑穏でありませんか。画家 まず。……そこで。夫人 きさまは鬼だ、と夫が申すと、いきなり私が、座敷の外へ突飛ばされ、倒れる処を髻をつかまれ、横ぞっぽうを打たれました。――その晩――昨晩――その晩・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・馬鹿野郎だと思った。激怒に似た気持であった。 プランがあるのか。組織があるのか。何も無かった。 狂人の発作に近かった。 組織の無いテロリズムは、最も悪質の犯罪である。馬鹿とも何とも言いようがない。 このいい気な愚行のにおいが・・・ 太宰治 「苦悩の年鑑」
・・・ 私は丸太棒でがんと脳天を殴られた思いで、激怒した。ようやくとまったバスの横腹を力まかせに蹴上げた。Kはバスの下で、雨にたたかれた桔梗の花のように美しく伏していた。この女は、不仕合せな人だ。「誰もさわるな!」 私は、気を失ってい・・・ 太宰治 「秋風記」
・・・のでしょうか、頬の赤い眼のきょろきょろした痩せた女でありましたが、こいつが主人の総領息子たる私に、実にけしからん事を教えまして、それから今度は、私のほうから近づいて行きますと、まるで人が変ったみたいに激怒して私を突き飛ばし、お前は口が臭くて・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・兄たちは激怒したが、私はれいの泣訴した。来年は必ず卒業しますと、はっきり嘘を言った。それ以外に、送金を願う口実は無かった。実情はとても誰にも、言えたものではなかった。私は共犯者を作りたくなかったのである。私ひとりを、完全に野良息子にして置き・・・ 太宰治 「東京八景」
メロスは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の王を除かなければならぬと決意した。メロスには政治がわからぬ。メロスは、村の牧人である。笛を吹き、羊と遊んで暮して来た。けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。きょう未明メロスは村を出発し、野・・・ 太宰治 「走れメロス」
・・・二三の小説は、私を激怒させた。内村鑑三の随筆集だけは、一週間くらい私の枕もとから消えずにいた。私は、その随筆集から二三の言葉を引用しようと思ったが、だめであった。全部を引用しなければいけないような気がするのだ。これは、「自然。」と同じくらい・・・ 太宰治 「碧眼托鉢」
・・・それでgrの代わりにfrを取ってみると英国の激怒 fury, Lの furia, furere に対する。 九州へんではdがrに通ずる。そこで、grの代わりにgdを取ってみると、アラビアの動詞 ghadibaの中に見いだされる。この最後・・・ 寺田寅彦 「言葉の不思議」
・・・蚊帳にくるまった時太十は激怒した。蚊帳の釣手を作ってまた横になったが彼は眠れない。自分にも聞かれる程波打った動悸が五分十分と経つうちにだんだん低くなって彼は漸く忌々しさを意識した。そうして彼は西瓜は赤が居ないから盗まれたと考えた。赤が生きて・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・ 恐愕の悪寒が、激怒の緊張に変った。匕首が彼の懐で蛇のように鎌首を擡げた。が、彼の姿は、すっかり眠りほうけているように見えた。 制服、私服の警官隊が四人、前後からドカドカッと入って来た。便所の扉を開いた。洗面所を覗いた。が、そこ・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
出典:青空文庫