・・・お絹は二人を迎えたが、母親とはまた違って、もっときゃしゃな体の持主で、感じも瀟洒だったけれど、お客にお上手なんか言えない質であることは同じで、もう母親のように大様に構えていたのでは、滅亡するよりほかはないので、いろいろ苦労した果てに細かいこ・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・少なくとも瀟洒とか風流とかいう念と伴う。しかしカーライルの庵はそんな脂っこい華奢なものではない。往来から直ちに戸が敲けるほどの道傍に建てられた四階造の真四角な家である。 出張った所も引き込んだ所もないのべつに真直に立っている。まるで大製・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・は、駒沢の奥のひっそりした分譲地の借家に暮していたころ、その分譲地のいくつかの小道をへだてたところにある一つの瀟洒たる家におこったことであった。「小村淡彩」「一太と母」「帆」「街」はどれも一九二五年から二六年ごろにかかれた。日本の文学に・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第三巻)」
・・・波多野さんが尋ねて来ましたが、その折なるほど女は斯うあってもいいと思わせるような瀟洒な姿であるにも拘らず、何時もよりはだいぶ痩せが見えていたので、そのことに就いて聞くと、只仕事が忙しいのと夏痩の結果であると答えていました。然し今から考えて見・・・ 宮本百合子 「有島さんの死について」
・・・そのステッキの外見の瀟洒さ。流行。キッドの手套。キャデラック。又は半ズボンと共に郊外の散歩。あるいは忽然として、自分のわきに細い眉毛を描いて立つ洋装の女を思い出すかもしれない。自分は、今ステッキを見てそのような種類のことは思えない。何ともい・・・ 宮本百合子 「一連の非プロレタリア的作品」
・・・すると、今朝の霜でゆるんだまま夜にとざされようとしている赤土に、まことに瀟洒な女靴の踵のあとがくっきりと一つ印されているのが目にのこった。そしてそれは何故か私の額の上に刻まれたもののような印象を与えて今日に及んでいるのである。〔一九三七・・・ 宮本百合子 「女靴の跡」
数人の若い女のひとたちが円く座って喋っている。いろんな話の末、映画のことになって、ひとりの人に、あなたは誰がお好き? ときいた。そのひとは房々と長く美しく波うたせてある髪を瀟洒な鼠色スーツの肩で一寸揺って、さあ、と口ごもっ・・・ 宮本百合子 「女の歴史」
・・・三岸節子の装幀で、瀟洒な白と金の地に、黒い縞馬の描かれた本も見た。当時、それは、文学作品としてよまれたのだった。 時をへだてて、ふたたびローレンスの作品集が出版されはじめた。そして、刑事問題をおこしている。取締りにあたる人々が、問題とな・・・ 宮本百合子 「傷だらけの足」
・・・ 彼方の清らかな棚におさまっている瀟洒な平瓶。薄みどりの優雅な花汁。 東洋趣味と鋭い西洋趣味との特殊な調和を見せている黒地総花模様の飾瓶などを眺めていると、私の胸には複雑な音楽が湧いて来た。 亢奮が、私をじっとさせて置かない。・・・ 宮本百合子 「小景」
・・・そのときは、上下とも白い洋服で瀟洒たる紳士であった。仏語に堪能で、海軍の仏印侵略のために、有用な協力をしているというような地位もそのとき知ったように思う。「野呂栄太郎の追憶」の終りにかかれている堂々の発言を見て、私の心が激しくつき動かさ・・・ 宮本百合子 「信義について」
出典:青空文庫