・・・と称する灌木が一株あった。その青白い粉を吹いたような葉を取って指頭でもむと一種特別な強い臭気を放つのである。この木は郷里の家以外についぞどこでも見たという記憶がない。近ごろよく喫茶店などの卓上を飾るあの闊葉のゴムの木とは別物である。しかし今・・・ 寺田寅彦 「試験管」
・・・小川の岸に茂るいろいろの灌木はみんなさまざまの秋の色彩に染められていた。小川と丘との間の一帯の地に、別荘らしい家がところどころに建っている。後ろには森を背負い、門前の小川には小橋がかかっている、なんとなしに閑寂な趣のあるいい土地だと思う。し・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・右舷の山には樹木は少ないが、灰白色の山骨は美しい浅緑の草だか灌木だかでおおわれている。海浜にはまっ白な小さい家がまばらに散らばっている。だれかの漁村の詩にこんな景色があったような気がした。もう「東洋」と「熱帯」の姿はどこにもなかった。まもな・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・近景には低い灌木がところどころ茂って中には箒のような枝に枯葉が僅かにくっ付いているのもある。あちらこちらに切り倒された大木の下から、真青な羊歯の鋸葉が覗いている。 むしろ平凡な画題で、作者もわからぬ。が、自分はこの絵を見る度に静かな田舎・・・ 寺田寅彦 「森の絵」
・・・毒だみの花や、赤のままの花の咲いていた岸には、猫柳のような灌木が繁っていて、髪洗橋などいう腐った木の橋が幾筋もかかっていた。 見返柳を後にして堤の上を半町ばかり行くと、左手へ降る細い道があった。これが竜泉寺町の通で、『たけくらべ』第一回・・・ 永井荷風 「里の今昔」
・・・家康公の母君の墓もあれば、何とやらいう名高い上人の墓もある……と小さい時私は年寄から幾度となく語り聞かされた……それらの名高い尊い墳墓も今は荒れるがままに荒れ果て、土塀の崩れた土から生えた灌木や芒の茂りまたは倒れた石の門に這いまつわる野蔦の・・・ 永井荷風 「伝通院」
・・・近寄って見ると、松の枯木は広い池の中に立っていて、その木陰には半ば朽廃した神社と、灌木に蔽われた築山がある。庭は随分ひろいようで、まだ枯れずにいる松の木立が枯蘆の茂った彼方の空に聳えている。垣根はないが低い土手と溝とがあるので、道の此方から・・・ 永井荷風 「元八まん」
・・・ それから谷の深い処には細かなうすぐろい灌木がぎっしり生えて光を通すことさえも慳貪そうに見えました。 それでも諒安は次から次とそのひどい刻みをひとりわたって行きました。 何べんも何べんも霧がふっと明るくなりまたうすくらくなりまし・・・ 宮沢賢治 「マグノリアの木」
・・・ 右の方の象の頭のかたちをした灌木の丘からだらだら下りになった低いところを一寸越しますと、又窪地がありました。 木霊はまっすぐに降りて行きました。太陽は今越えて来た丘のきらきらの枯草の向うにかかりそのななめなひかりを受けて早くも一本・・・ 宮沢賢治 「若い木霊」
・・・雪、深し。灌木地帯で、常磐木は見えない。山がある。民家はシベリアとは違い薄い板屋根だ。どの家も、まわりに牧柵をゆって、牛、馬、豚、山羊などを飼っている。家も低い、牧柵もひくい。そして雪がある。 川岸を埋めた雪に、兎か何か獣の小さい足跡が・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
出典:青空文庫