・・・ 山王様の丘へ上がりますと、一目に見えます。火の手は、七条にも上がりまして、ぱちぱちぱんぱんと燃える音が手に取るように聞こえます。……あれは山間の滝か、いや、ぽんぷの水の走るのだと申すくらい。この大南風の勢いでは、山火事になって、やがて・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・それから一分おき二分おきに、なおどんどん方々から火が上り、夕方六時近くには全市で六十か所の火が、おのおの何千という家々をなめて、のびひろがり、夜の十二時までの間にはすべてで八十八か所の火の手が、一つになって、とうとう本所、深川、浅草、日本橋・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・もので、私も抜からず大酒をくらって、とにもかくにも地べたに寝て見せましたので、仲間からもほめられ、それがためにお金につまって質屋がよいが頻繁になりまして、印刷所のおかみさんと、れいの千葉県出身の攻撃の火の手はほとんど極度に達しまして、さすが・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・ 赤え赤え煙こあ、もくらもくらと蛇体みたいに天さのぼっての、ふくれた、ゆららと流れた、のっそらと大浪うった、ぐるっぐるっと渦まえた、間もなくし、火の手あ、ののののと荒けなくなり、地ひびきたてたて山ばのぼり始めたずおん。山あ、てっぺら・・・ 太宰治 「葉」
・・・ 彼の名声が急に揚がる一方で、彼に対する迫害の火の手も高くなった。ユダヤ人種排斥という日本人にはちょっと分らない、しかし多くのドイツ人には分りやすい原理に、幾分は別の妙な動機も加わって、一団のアインシュタイン排斥同盟のようなものが出来た・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・それが友だちと二人で悪漢の銀行破りの現場に虜になって後ろ手に縛られていながら、巧みにナイフを使って火災報知器の導線を短絡させて消防隊を呼び寄せるが、火の手が見えないのでせっかく来た消防が引き上げてしまう。それでもう一ぺん同じように警報を発し・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・簡単に内容を紹介すると、まずその第一ページは、消防署で日夜火の手を見張っている様子を歌ってある。第二ページはおかあさんの留守に幼少な娘のリエナが禁を犯してペチカのふたを明け、はね出した火がそれからそれと燃え移って火事になる光景、第三ページは・・・ 寺田寅彦 「火事教育」
・・・この時に当たってである、実に函館全市を焼き払うためにおよそ考え得らるべき最適当の地点と思われる最風上の谷地頭町から最初の火の手が上がったのである。 古来の大火の顛末を調べてみるといずれの場合でも同様な運命ののろいがある。明暦三年の振袖火・・・ 寺田寅彦 「函館の大火について」
・・・ととんだ所へ火の手が揚る。これで余の空想の後半がまた打ち壊わされた。主人は二十世紀の倫敦人である。 それからは人と倫敦塔の話しをしない事にきめた。また再び見物に行かない事にきめた。 この篇は事実らしく書き流してあるが、実のところ・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・それだからいいようなものの、火の手は次第に募る。放ってはおけない。――勘助は井戸水をくみ上げながら、いやはやと思った。これは、大火事より都合がわるい。見物は、だらしなく、ワアハハハと笑うきりで手助けはしないし、火より先にけんかをやめさせる必・・・ 宮本百合子 「田舎風なヒューモレスク」
出典:青空文庫