・・・暫くすると吹き出す烟りの中に火の粉が交じり出す。それが見る間に殖える。殖えた火の粉は烟諸共風に捲かれて大空に舞い上る。城を蔽う天の一部が櫓を中心として大なる赤き円を描いて、その円は不規則に海の方へと動いて行く。火の粉を梨地に点じた蒔絵の、瞬・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・ ずっと歩いていて、煙草のすいガラをパッとすてた、火の粉が暗い舗道の上に瞬間あかるくころがる。 夕暮。もう家のなかはすっかりくらい。留守で人の居ない庭へ面してあけ放たれている さっぱりした日本間。衣桁の形や椅子の脚が、逆光線・・・ 宮本百合子 「情景(秋)」
・・・ほら、壊れた、脆い、木造りの梁に火の粉がとびつく。ぱっと拡がる。ミーダ 俺の呪いで植えつけられた慾の皮も火の熱気には叶わないか。算を乱して駆け出したぞ。ヴィンダー 活溌な火気奴! 活動をつづけろ。何より俺の頼もしい配下だ。飛べ、飛べ・・・ 宮本百合子 「対話」
・・・その火の粉は、うちの屋根にふりそそいだ。又その次の月には、焼けのこった藤堂さんの石垣にぴっしりと爆弾が投じられた。森も何も跡かたなくなった。今年の夏、医者通いをして久しぶりにこの裏通りを通ってみれば、もと藤堂の樫の木や石倉でさえぎられていた・・・ 宮本百合子 「田端の汽車そのほか」
・・・只折々とんで来る火の粉が、うるしをといたような闇の中に非常に美くしくやさしく輝く。何かの光、色にうえて居る心は、その群をなしてとんで来る光が目に入ると、瞬間心がかるくうれしくなって来る。けれども、それが消えると、又元のような旅愁が彼女の心に・・・ 宮本百合子 「「禰宜様宮田」創作メモ」
出典:青空文庫