・・・反射をうけた火夫が赤く動いていた。 客車。食堂車。寝台車。光と熱と歓語で充たされた列車。 激しい車輪の響きが彼の身体に戦慄を伝えた。それははじめ荒々しく彼をやっつけたが、遂には得体の知れない感情を呼び起こした。涙が流れ出た。 響・・・ 梶井基次郎 「過古」
・・・そして火夫も運転手も乗客も、みな身を乗り出して薦のかけてある一物を見た。 この一物は姓名も原籍も不明というので、例のとおり仮埋葬の処置を受けた。これが文公の最後であった。 実に人夫が言ったとおり、文公はどうにもこうにもやりきれなくっ・・・ 国木田独歩 「窮死」
・・・異国語の会話は、横浜の車夫、帝国ホテルの給仕人、船員、火夫に、――おい! 聞いて居るのか。はい、わたくし、急にあらたまるあなたの口調おかしくて、ふとんかぶってこらえてばかりいました。ああ、くるしい。家人のつつましい焔、清潔の満潮、さっと涼し・・・ 太宰治 「創生記」
・・・ある時は仕官懸命の地をうらやみ、まさか仏籬祖室の扉の奥にはいろうとは、思わなかったけれど、教壇に立って生徒を叱る身振りにあこがれ、機関車あやつる火夫の姿に恍惚として、また、しさいらしく帳簿しらべる銀行員に清楚を感じ、医者の金鎖の重厚に圧倒さ・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・運転手と火夫とが、船頭に何か冗談を云って、朗かに笑った。 私は静に立ち上った。 そして橋の手すりに肘をついて浚渫船をボンヤリ眺めた。 夜明け方の風がうすら寒く、爽かに吹いて来た。潮の匂いが清々しかった。次には、浚渫船で蒸汽を上げ・・・ 葉山嘉樹 「浚渫船」
・・・ 船長、機関長、を初めとして、水夫長、火夫長、から、便所掃除人、石炭運び、に至るまで、彼女はその最後の活動を試みるためには、外の船と同様にそれ等の役者を、必要とするのであった。 金持の淫乱な婆さんが、特に勝れて強壮な若い男を必要とす・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・汽缶車の石炭はまっ赤に燃えて、そのまえで火夫は足をふんばって、まっ黒に立っていました。 ところが客車の窓がみんなまっくらでした。するとじいさんがいきなり、「おや、電燈が消えてるな。こいつはしまった。けしからん。」と云いながらまるで兎・・・ 宮沢賢治 「月夜のでんしんばしら」
・・・ 婦人に決して熔鉱炉の前で火ダルマのようになって働く火夫の仕事は出来ない! 働く婦人は、いつも自分達で気をつけて職業病に打ち勝つようにしなければならないのです。 空気がゴミやガスでよごれている職場では、仕事の間にもきまって何分か・・・ 宮本百合子 「ソヴェト映画物語」
・・・電気工の助手として働いている中に一九一七年に逢い、一九二七年、二十三歳で健康を失い四肢の自由を失うまでオストロフスキーは発電所の火夫から鉄道建設の突撃隊、軍事委員、同盟の指導等精力を尽して、組織が彼を派遣した部署に於て活動した。四肢の自由を・・・ 宮本百合子 「ヒューマニズムへの道」
・・・ヤコヴという胸幅の広い角張った火夫であった。カルタが巧くて、大食で、この男がへこたれたり、考え込んだりしたのを見たことがない。毛むくじゃらの口からは常に言葉が流れ出している。それでいて、彼の中には何となく人と違ったところがあった。それは昔の・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
出典:青空文庫