・・・ぴちぴち火花が出る」「出るさ、東京の真中でも出る」「東京の真中でも出る事は出るが、感じが違うよ。こう云う山の中の鍛冶屋は第一、音から違う。そら、ここまで聞えるぜ」 初秋の日脚は、うそ寒く、遠い国の方へ傾いて、淋しい山里の空気が、・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・然も奴等は前払で取っているんだ、若し私がお芽出度く、ほんとに何かが見られるなどと思うんなら、目と目とから火花を見るかも知れない。私は蛞蝓に会う前から、私の知らない間から、――こいつ等は俺を附けて来たんじゃないかな―― だが、私は、用心す・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・それに赤や青の灯や池にはかきつばたの形した電燈の仕掛けものそれに港の船の灯や電車の火花じつにうつくしかった。けれどもぼくは昨夜からよく寝ないのでつかれた。書かないでおいたってあんなうつくしい景色は忘れない。それからひるは過燐酸の工場と五稜郭・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・奇麗だな。火花だ。火花だ。まるでいなずまだ。そら流れ出したぞ。すっかり黄金色になってしまった。うまいぞ、うまいぞ。そらまた火をふいた」 おとうさんはもう外へ出ていました。おっかさんがにこにこして、おいしい白い草の根や青いばらの実を持って・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
・・・ 空が旗のようにぱたぱた光って飜り、火花がパチパチパチッと燃えました。嘉助はとうとう草の中に倒れてねむってしまいました。 * そんなことはみんなどこかの遠いできごとのようでした。 もう又三郎がすぐ目の前に足を投・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・生活の大河は、その火花のような恋、焔のような愛を包括して怠みなく静かに流れて行く。確かに重大な、人間の霊肉を根本から震盪するものではあっても、人間の裡にある生活力は多くの場合その恋愛のために燃えつきるようなことはなく、却って酵母としてそれを・・・ 宮本百合子 「愛は神秘な修道場」
・・・ コロンタイズムは、全く一九一七年から二三年間の混乱期にふるいブルジョア社会の性的放縦の最後の反映、火花として現れた変則な社会現象であった。四五年以上も経過してから、日本において、一つの急進的な性関係のタイプとして、イデオロギー的にコロ・・・ 宮本百合子 「新しい一夫一婦」
・・・家康とその臣佐橋甚五郎という武芸に秀で笛の上手で剃刀のような男とが、一くせも二くせもある人物同士が互に互を嗅ぎ合い、警戒し合う刹那の心理の火花から、佐橋が家康の許を逐電する。二十四年後、朝鮮から来た三人の使者のうち喬僉知と名乗っているのが、・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
・・・その時馬がたちまち駆歩になって、車罔は石に触れて火花を散らした。ツァウォツキイは車の小さい穴から覗いて見た。馬車は爪先下りの広い道を、谷底に向って走っている。谷底は薔薇色の靄に鎖されている。その早いこと飛ぶようである。しばらくして車輪が空を・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・益々無数の火花を放って分裂するであろう。かかる世紀の波の上に、終にまた我々の文学も分裂した。 明日の我々の文学は、明らかに表現の誇張へ向って進展するに相違ない。まだ時代は曾てその本望として、誇張の文学を要求したことがない。そうして、今や・・・ 横光利一 「黙示のページ」
出典:青空文庫