・・・昔は大きな火鉢に炭火を温かに焚いていたのが、今は煤けた筒形の妙なストーブのようなものが一つ室の真中に突立っていた。石を張った食卓は冷たくて、卓布も掛けず、もとより花も活けてなかった。 ボーイは居なかった。その代りに若い女ボーイが一人居た・・・ 寺田寅彦 「雑記(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・ 週期的ではないが、リーゼガング現象といくぶん類似の点のあるのは、モチの木の葉の面に線香か炭火の一角を当てるときにできる黒色の環状紋である。これについては現に理化学研究所平田理学士によって若干の実験的研究が進行しているが、これもやはり広・・・ 寺田寅彦 「自然界の縞模様」
・・・お絹は人にお湯を汚されるのをひどく嫌った。その上心臓が弱いので、水を汲みこむのが大仕事であった。その日は、辰之助が昨夜水を汲みこんでいってくれた。お絹は炭火で、それを沸かした。 道太はやがて風呂場へ行った。もう電燈がついていた。「ど・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・わたくしは帳場から火種を貰って来て、楽屋と高座の火鉢に炭火をおこして、出勤する芸人の一人一人楽屋入するのを待つのであった。 下谷から深川までの間に、その頃乗るものといっては、柳原を通う赤馬車と、大川筋の一銭蒸汽があったばかり。正月は一年・・・ 永井荷風 「雪の日」
・・・ その次の日だ、「済まないが、税金が五倍になった、今日は少うし鍛冶場へ行って、炭火を吹いてくれないか」「ああ、吹いてやろう。本気でやったら、ぼく、もう、息で、石もなげとばせるよ」 オツベルはまたどきっとしたが、気を落ち付けて・・・ 宮沢賢治 「オツベルと象」
・・・三 午后零時五十分 午の食事が済んでから、みんなは農夫室の火を囲んでしばらくやすんでいました。炭火はチラチラ青い焔を出し、窓ガラスからはうるんだ白い雲が、額もかっと痛いようなまっ青なそらをあてなく流れていくのが見えました。・・・ 宮沢賢治 「耕耘部の時計」
・・・邸では瓦斯が勝手にまで使ってあるのに、奥さんは逆上せると云って、炭火に当っているのである。 電燈は邸ではどの寝間にも夜どおし附いている。しかし秀麿は寝る時必ず消して寝る習慣を持っているので、それが附いていれば、又徹夜して本を読んでいたと・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・ ―――――――――――― 一抱えに余る柱を立て並べて造った大廈の奥深い広間に一間四方の炉を切らせて、炭火がおこしてある。その向うに茵を三枚畳ねて敷いて、山椒大夫は几にもたれている。左右には二郎、三郎の二人の息子が狛・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
出典:青空文庫