・・・一つは曲水の群青に桃の盃、絵雪洞、桃のような灯を点す。……ちょっと風情に舞扇。 白酒入れたは、ぎやまんに、柳さくらの透模様。さて、お肴には何よけん、あわび、さだえか、かせよけん、と栄螺蛤が唄になり、皿の縁に浮いて出る。白魚よし、小鯛よし・・・ 泉鏡花 「雛がたり」
・・・ 去ぬる……いやいや、いつの年も、盂蘭盆に墓地へ燈籠を供えて、心ばかり小さな燈を灯すのは、このあたりすべてかわりなく、親類一門、それぞれ知己の新仏へ志のやりとりをするから、十三日、迎火を焚く夜からは、寺々の卵塔は申すまでもない、野に山に・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・ポケットから燐寸を出して洋灯を点すと、「まあ、恐れ入ります」と藤さんは坐る。灯火に見れば、油絵のような艶かな人である。顔を少し赤らめている。「あしが一番あん」と章坊が着物を引っ抱えて飛びだすと、入れ違いに小母さんがはいってきて、・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・ その頃では神棚の燈明を点すのにマッチは汚れがあるというのでわざわざ燧で火を切り出し、先ずホクチに点火しておいてさらに附け木を燃やしその焔を燈心に移すのであった。燧の鉄と石の触れあう音、迸る火花、ホクチの燃えるかすかな囁き、附け木の燃え・・・ 寺田寅彦 「追憶の冬夜」
出典:青空文庫