・・・――私はとにかく長髪を守っていたのであるが、やがて第二国民兵の私にも点呼令状が来た。そして点呼の日が近づくにつれて、私を戦慄させるようなさまざまな噂が耳にはいった。ことに点呼当日長髪のまま点呼場へ出頭した者は、バリカンで頭の半分だけ刈り取ら・・・ 織田作之助 「髪」
・・・という小説で、私が自分の長髪のためにどれだけ苦労したかという話を書いたが、しかし、私が本当に長髪で苦労したのは、三度に及んだ点呼の時ぐらいなもので、それにくらべると、煙草の苦労は私の生活を殆んど破壊せんばかりであった。二 私・・・ 織田作之助 「中毒」
・・・整列、そして出発だ。Sは背嚢を肩にした。ラッパの勇しい響きと同時に、到るところで、××君万歳の声が渦をまいて、雨空に割込むように高く挙った。その声は暫く止まなかった。整列、点呼が終った。またしてもラッパだ。出発である。兵隊達は靴音を立て始め・・・ 織田作之助 「面会」
・・・ 副官が這入って来ると、彼は、刀もはずさず、椅子に腰を落して、荒い鼻息をしながら、「速刻不時点呼。すぐだ、すぐやってくれ!」「はい。」「それから、炊事場へ露西亜人をよせつけることはならん。残飯は一粒と雖も、やることは絶対にな・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・毎朝点呼から消燈時間まで、勤務や演習や教練で休むひまがない。物を考えるひまがない。工場や、農村に残っている同志や親爺には、工場主の賃銀の値下げがある。馘首がある。地主の小作料の引上げや、立入禁止、又も差押えがある。労働者は、働いても食うこと・・・ 黒島伝治 「入営する青年たちは何をなすべきか」
・・・朝、起きてから、日夕点呼をすまして、袋のような毛布にくるまって眠入ってしまうまで、なか/\容易でない。一と通りの労力を使っていたのではやって行けない。掃除もあれば、飯上げもある。二年兵の食器洗い、練兵、被服の修理、学科、等々、あとからあとへ・・・ 黒島伝治 「入営前後」
・・・私は三度も点呼を受けさせられ、そのたんびに竹槍突撃の猛訓練などがあり、暁天動員だの何だの、そのひまひまに小説を書いて発表すると、それが情報局に、にらまれているとかいうデマが飛んで、昭和十八年に「右大臣実朝」という三百枚の小説を発表したら、「・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・ こんな空想にふけりながら自分は古来の日本画家の点呼をしているうちに、ひょっくり鳥羽僧正に逢着した。僧衣にたすき掛けの僧覚猷が映画監督となってメガフォンを持って懸命に彼の傑作の動物喜劇撮影をやっているであろうところの光景を想像してひとり・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・「があ、艦長殿、点呼の時間でございます。一同整列して居ります。」「よろしい。本艦は即刻帰隊する。おまえは先に帰ってよろしい。」「承知いたしました。」兵曹長は飛んで行きます。「さあ、泣くな。あした、も一度列の中で会えるだろう。・・・ 宮沢賢治 「烏の北斗七星」
・・・ 久しぶりで彼を故郷へ呼びかえした点呼。強制献金。それ等の機会を、彼は階級的方向に転用しようとするのである。 K部落の土着で、「ふん、自家用か、お前も役場の衆みたいなことをいう! これ以上、どうして芋が食える。朝食うて、昼食うて晩食・・・ 宮本百合子 「一連の非プロレタリア的作品」
出典:青空文庫