・・・われらが寝所には、久遠本地の諸法、無作法身の諸仏等、悉く影顕し給うぞよ。されば、道命が住所は霊鷲宝土じゃ。その方づれ如き、小乗臭糞の持戒者が、妄に足を容るべきの仏国でない。」 こう云って阿闍梨は容をあらためると、水晶の念珠を振って、苦々・・・ 芥川竜之介 「道祖問答」
・・・しかも自分とはあまりにかけ離れたことばかり考えているらしい息子の、軽率な不作法が癪にさわったのだ。「おい早田」 老人は今は眼の下に見わたされる自分の領地の一区域を眺めまわしながら、見向きもせずに監督の名を呼んだ。「ここには何戸は・・・ 有島武郎 「親子」
・・・ 一樹の囁く処によれば、こうした能狂言の客の不作法さは、場所にはよろうが、芝居にも、映画場にも、場末の寄席にも比較しようがないほどで。男も女も、立てば、座ったものを下人と心得る、すなわち頤の下に人間はない気なのだそうである。 中にも・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・――その真中へ顔を入れたのは、考えると無作法千万で、都会だと、これ交番で叱られる。「霜こしやがね。」と買手の古女房が言った。「綺麗だね。」 と思わず言った。近優りする若い女の容色に打たれて、私は知らず目を外した。「こちらは、・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・少し行懸ると、内で、(おお、寒と不作法な大きな声で、アノ尼様がいったのが聞えると、母様が立停って、なぜだか顔の色をおかえなすったのを、私は小児心にも覚えている。それから、しおしおとして山をお下りなすった時は、もうとっぷり暮れて、雪が……・・・ 泉鏡花 「清心庵」
・・・その女、容目ことに美しかりければ、不作法に戯れよりて、手をとりてともに上る。途中にて、その女、草鞋解けたり。手をはなしたまえ、結ばんという。男おはむきに深切だてして、結びやるとて、居屈みしに、憚りさまやの、とて衝と裳を掲げたるを見れば、太脛・・・ 泉鏡花 「遠野の奇聞」
・・・ 直接に吻を接るのは不作法だ、と咎めたように聞えたのである。 劇壇の女王は、気色した。「いやにお茶がってるよ、生意気な。」と、軽くその頭を掌で叩き放しに、衝と広前を切れて、坂に出て、見返りもしないで、さてやがてこの茶屋に憩ったの・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・ったかと思うと直ぐ跡から、旦那鎌なら豪せいなのが出来てます、いう内に女房が出て来て上がり鼻へ花蓙を敷いた、兼公はおれに許り其蓙へ腰をかけさせ、自分は一段低い縁に腰をかけた、兼公は職人だけれど感心に人に無作法なことはしなかった。「旦那聞い・・・ 伊藤左千夫 「姪子」
・・・とお光さんの考え通りに任せるから、よろしく頼むよ」 金之助は急須に湯を注したが、茶はもう出流れているので、手を叩いて女中を呼ぶ。 間もなく、「何か御用ですの?」と不作法に縁側の外から用を聞いて、女中はジロジロお光の姿を見るのであった・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・何という不作法な仲居さんだろうか、と私はぷいと横をむいたままでいたが、あ、お勘定が足りないのだとすぐ気がつきハンドバックから財布を出して、黙ってあの人の前へおしやり、ああ恥かしい、恥かしいと半分心のなかで泣きだしていた。それでやっとお勘定も・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
出典:青空文庫