・・・昔は天然と絵具だけで出来た無意義な絵が多かったが、近頃は反対に自己と絵具だけの空虚な絵が多くなった。こういう絵にとっては自己がどんな自己であるかが生命である。それを充実させるためには、やはり天然の資料を豊富に摂取する事が須要である。資料の供・・・ 寺田寅彦 「二科会展覧会雑感」
・・・風が吹いて桶屋が喜ぶという一場の戯談もあながち無意義な事ではない。厳密に云えば孤立系などというものは一つの抽象に過ぎないものである。例えば今一本のペンを床上に落とせば地球の運動ひいては全太陽系全宇宙に影響するはずである。一本のマッチをすれば・・・ 寺田寅彦 「方則について」
・・・しかしこの用心を頭の中に置いた上で、試みにいかなる程度まで、いかなる方向にこの比較が可能であるかを一応当たってみるのは無意義ではないであろう。少なくもそうしてみることによってわれわれは連句というものの本質をなんらかの新しい光のもとに見直す事・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・もし人生はこれまでのものであるというならば、人生ほどつまらぬものはない、此処には深き意味がなくてはならぬ、人間の霊的生命はかくも無意義のものではない。死の問題を解決するというのが人生の一大事である、死の事実の前には生は泡沫の如くである、死の・・・ 西田幾多郎 「我が子の死」
・・・ 私は二十世紀の文明は皆な無意義になるんじゃないかと思う。何と云っても今はまだレフレクションの影響を免がれていない。十九世紀で暴威を逞くした思索の奴隷になっていたんで、それを弥々脱却する機会に近づいているらしく見える。新理想とか何とか云・・・ 二葉亭四迷 「私は懐疑派だ」
・・・更には、存在の無意義さによって解消しつつある厚生省が、社会施設として、それぞれの地区の住民に欠くべからざる托児所、子供の遊場をこしらえる力さえなかったことに向って、警告が与えらるべきであったと思う。日本婦人協力会というような、戦争協力者の集・・・ 宮本百合子 「石を投ぐるもの」
・・・年中有意義無意義に繁忙で、本を読む時間も沈思する時間も持たない日常のひとたちは、全くたまの休みには家へかえって本でも読むのが最上のことである。 学生という夥しい青年たちの質は実にピンからキリまでであるから、なかには勿論下らない者もいるだ・・・ 宮本百合子 「「健やかさ」とは」
・・・戦争の無惨と無意義な破壊の犠牲はいつも人民に、女と子供と老人に無限にのしかかるものであることを血の涙をとおして自覚した。八千百万の彼女たちは平和と人類の幸福のための生産復興を主張している。 わたしたち日本の女性は、もっともっと自分たちの・・・ 宮本百合子 「正義の花の環」
・・・しかし、優秀な個性と云うほどの資質は、いつも最も素直に、力いっぱいに歴史のそよぎに反応していて、たとえばフロレンスやマリアの様に、その矛盾と分裂とにおいてさえ、なお次の時代にとって無意義ではあり得ない何かの価値を、歴史のうちにもたらしている・・・ 宮本百合子 「まえがき(『真実に生きた女性たち』)」
・・・ これは日本にとって、どういう角度からも決して無意義なことではない。若い女性というとき、これまでその若さは何となし結婚適齢期のぐるりで考えられていた。昔の人達が年ごろの若い方とよぶとき、それは女学校卒業ごろから結婚までぐらいの間の女性た・・・ 宮本百合子 「若い人たちの意志」
出典:青空文庫