・・・「不相変、観音様へ参詣する人が多いようだね。」「左様でございます。」 陶器師は、仕事に気をとられていたせいか、少し迷惑そうに、こう答えた。が、これは眼の小さい、鼻の上を向いた、どこかひょうきんな所のある老人で、顔つきにも容子にも・・・ 芥川竜之介 「運」
・・・莫迦莫迦しさをも承知した上、「わざと取ってつけたように高く左様なら」と云い合いて、別れ別れに一方は大路へ、一方は小路へ、姿を下駄音と共に消すのも、満更厭な気ばかり起させる訳でもない。 私も嘗て、本郷なる何某と云うレストランに、久米とマン・・・ 芥川竜之介 「久米正雄」
・・・「いえ、左様ではございませぬ。」「ではなぜ数馬と悟ったのじゃ?」 治修はじっと三右衛門を眺めた。三右衛門は何とも答えずにいる。治修はもう一度促すように、同じ言葉を繰り返した。が、今度も三右衛門は袴へ目を落したきり、容易に口を開こ・・・ 芥川竜之介 「三右衛門の罪」
・・・「それはうちへおよこしよ。うちにいれば二三年中には、きっと仙人にして見せるから。」「左様ですか? それは善い事を伺いました。では何分願います。どうも仙人と御医者様とは、どこか縁が近いような心もちが致して居りましたよ。」 何も知ら・・・ 芥川竜之介 「仙人」
・・・ お米さんが、しなよく頷きますと、「左様か。」 と言って、これから滔々と弁じ出した。その弁ずるのが都会における私ども、なかま、なかまと申して私などは、ものの数でもないのですが、立派な、画の画伯方の名を呼んで、片端から、奴がと苦り・・・ 泉鏡花 「雪霊記事」
・・・ 左様、原稿紙も支那風のもので……。特に夏目漱石さんの嫌いなものはブリウブラクのインキだった。万年筆は絶えず愛用せられたが、インキは何時もセピアのドローイングインキだったから、万年筆がよくいたんだ。私が一度、いい万年筆を選んで、自分で使・・・ 内田魯庵 「温情の裕かな夏目さん」
・・・拙者の頼み様がよろしからずとは、何をもって左様申されるか」 と、満右衛門が詰め寄ると、「――貴方は、御主人の大切な用を頼むのに、手をお下げにならん。普通なら、両手を爾と突いて、額を下げて頼むところでしょうがな……」 と言われた。・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・その時私は、鏡を見せるのはあまりに不愍と思いましたので、鏡は見ぬ方がよかろうと言いますと、平常ならば「左様ですか」と引っ込んで居る人ではなかったのですが、この時は妙に温しく「止しときましょうか」といって、素直にそれを思いとどめました。 ・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・「うん」と出してやる、そして自分も煙草を出して、甲乙共、のどかに喫煙いだした。「君はどう思う、縁とは何ぞやと言われたら?」 と思考に沈んでいた乙が静かに問うた。「左様サね、僕は忘れて了った。……何とか言ったッけ。」と甲は書籍・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・「エ、それともどうしても娘が欲しいと言うのか、コラ!」 校長は一語を発しない。「判然と言え! どうしても欲しいと言うのか、男らしく言え、コラ!」 細川はきっと頭をあげた。「左様で御座います! 梅子さんを私の同伴者に貰いた・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
出典:青空文庫