・・・ 二十六時間の激戦や進軍の後、和田達は、チチハルにまで進んだ。煮え湯をあびせられた蟻のように支那兵は到るところに群をなして倒れていた。大砲や銃は遺棄され、脚を撃たれた馬はわめいていた。和田はその中にロシア兵がいるかと思って気をはりつめて・・・ 黒島伝治 「チチハルまで」
・・・剣で突く者がある。煮え湯をあびせられたような悲鳴が聞えて来た。「あァ、あァ、あァ。」語学校を出て間がない、若い通訳は、刺すような痛みでも感じたかのように、左右の手を握りしめて叫んだ。「女を殺している。若い女を突き殺してる!――大隊長殿あ・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・「お金が、惜しいんだ、四円とは、ひどいじゃないか。煮え湯を呑ませられたようなものだ。詐欺だ。僕は、へどが出そうな気持だ。」「いいじゃないの。薔薇は、ちゃんと残っているのだし。」 薔薇は、残って在る。その当りまえの考えが、私を異様・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・或る日の事、同じ高等学校を出た経済学部の一学生から、いやな話を聞かされた。煮え湯を飲むような気がした。まさか、と思った。知らせてくれた学生を、かえって憎んだ。Hに聞いてみたら、わかる事だと思った。いそいで八丁堀、材木屋の二階に帰って来たのだ・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・「そんなに痩せもしなかったがただ虱が湧いたには困った。――君、虱が湧いた事があるかい」「僕はないよ。身分が違わあ」「まあ経験して見たまえ。そりゃ容易に猟り尽せるもんじゃないぜ」「煮え湯で洗濯したらよかろう」「煮え湯? 煮・・・ 夏目漱石 「二百十日」
出典:青空文庫