・・・京伝馬琴以後落寞として膏の燼きた燈火のように明滅していた当時の小説界も龍渓鉄腸らのシロウトに新らしい油を注ぎ込まれたが、生残った戯作者の遺物どもは法燈再び赫灼として輝くを見ても古い戯作の頭ではどう做ようもなく、空しく伝統の圏内に彷徨して指を・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・体は安らかで知覚なく、僅に遺った燼のように仄温いうちに、魂が無碍に遠く高く立ち去って行く。決して生と死との争闘ではなかった。充分生きた魂の自然な離脱、休安という感に打れた。八十四歳にもなると、人はあのように安らかに世を去るものなのだろうか。・・・ 宮本百合子 「祖母のために」
・・・と、眼の力が人間以上になったように灰の中にあるどんな小さい燼の破片でも見付け出した。「ほら、またここに――お人形さんですよ、お人形さん」 手当り次第傍の湯呑の中に入れる。「おや、あの壁にもついている――そう云えば……君や、一・・・ 宮本百合子 「牡丹」
出典:青空文庫