・・・羽根がむらさきのような黒でお腹が白で、のどの所に赤い首巻きをしておとう様のおめしになる燕尾服の後部みたような、尾のある雀よりよほど大きな鳥が目まぐるしいほど活発に飛び回っています。このお話はその燕のお話です。 燕のたくさん住んでいるのは・・・ 有島武郎 「燕と王子」
・・・そして、いつも皇子は、黒のシルクハットをかぶり、燕尾服を着ておいでになります。そして片目なので、黒の眼鏡をかけておいでになるということです。」と申しあげました。 お姫さまは、これを聞くと、前の家来の申したこととたいそう違っていますので、・・・ 小川未明 「赤い姫と黒い皇子」
・・・ やがて、燕尾服を着た仁丹の髭のある太夫が、お客に彼女のあらましの来歴を告げて、それから、ケルリ、ケルリ、と檻に向って二声叫び、右手のむちを小粋に振った。むちの音が少年の胸を鋭くつき刺した。太夫に嫉妬を感じたのである。くろんぼは、立ちあ・・・ 太宰治 「逆行」
・・・祖父は勿論、早朝から燕尾服を着て姿を消したのである。家に残っているのは、祖母と母だけである。末弟は、自分の勉強室で、鉛筆をけずり直してばかりいた。泣きたくなって来た。万事窮して、とうとう悪事をたくらんだ。剽窃である。これより他は、無いと思っ・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・ 今まであの店の部屋の古風な装飾なり、また燕尾服を着たボーイなりが、すべて前の世紀の残りものであったのが、火事で焼けたこの機会に、一足飛びに現代式に変ってしまったのだというような気がした。そして、事によると、あのボーイはその前世紀から焼・・・ 寺田寅彦 「雑記(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・一等室のほうからも燕尾服の連中がだんだんにやってくる。女も美しい軽羅を着てベンチへ居並ぶ。デッキへは蝋かなにかの粉がふりまかれる。楽隊も出て来てハッチの上に陣取った。時刻が来ると三々五々踊り始めた。少し風があるのでスカーフを頬かぶりにしてい・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・それでシャツを着ているのは宜いが、皆んなは燕尾服を着て来ているのだからというと、イブセンは自分の行李の中には燕尾服などは這入っていない、もし燕尾服を着なければならぬようなら御免蒙るという。御客を呼んで、その御客が揃っているのに、御免を蒙られ・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・上の引出に股引とカラとカフが這入っていて、下には燕尾服が這入っている。あの燕尾服は安かったがまだ一度も着た事がない。つまらないものを作ったものだなと考えた。箱の上に尺四方ばかりの姿見があってその左りに「カルルス」泉の瓶が立ている。その横から・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・教会へ行く途中、あっちの小路からも、こっちの広場からも、三人四人ずついろいろな礼装をした人たちに、私たちは会いました。燕尾服もあれば厚い粗羅紗を着た農夫もあり、綬をかけた人もあれば、スラッと瘠せた若い軍医もありました。すべてこれらは、私たち・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・ 紺三郎なんかまるで立派な燕尾服を着て水仙の花を胸につけてまっ白なはんけちでしきりにその尖ったお口を拭いているのです。 四郎は一寸お辞儀をして云いました。「この間は失敬。それから今晩はありがとう。このお餅をみなさんであがって下さ・・・ 宮沢賢治 「雪渡り」
出典:青空文庫