・・・ とやっぱり芬とする懐中の物理書が、その途端に、松葉の燻る臭気がし出した。 固より口実、狐が化けた飛脚でのうて、今時町を通るものか。足許を見て買倒した、十倍百倍の儲が惜さに、貉が勝手なことを吐く。引受けたり平吉が。 で、この平さ・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・雪の中で点火されぷす/\燻りながら炭になってしまうのだった。雪の中で燻る枕木は外へは火も煙も立てなかった。上から見れば、それは一分の故障もない完全な線路であった。歩哨にも警戒隊にも分らなかった。而も、そこへ列車が通りかゝると、綿を踏んだよう・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・ しかしながら冬の夜のヒューヒュー風が吹く時にストーヴから煙りが逆戻りをして室の中が真黒に一面に燻るときや、窓と戸の障子の隙間から寒い風が遠慮なく這込んで股から腰のあたりがたまらなく冷たい時や、板張の椅子が堅くって疝気持の尻のように痛く・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・奥に家族の寝台がある土間に床几と卓を並べ、燻る料理ストーブが立っているわきの壁に、羊の股肉とニンニクの玉とがぶら下っている。そういう風なのである。 バクー名所の一つである九世紀頃のアラビア人の防壁を見物して、磨滅した荒い石段々を弾む足ど・・・ 宮本百合子 「石油の都バクーへ」
出典:青空文庫