・・・歩行くに連れて、烏の形動き絡うを見て、次第に疑惑を増し、手を挙ぐれば、烏等も同じく挙げ、袖を振動かせば、斉しく振動かし、足を爪立つれば爪立ち、踞めば踞むを透し視めて、今はしも激しく恐怖し、慌しく駈出帽子を目深に、オーバーコートの鼠色・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・私がちょいと、こう爪立ちをしますと、すうッと天まで手がとどきます。それから一と足で一里さきまでまたげます。このとおりです。」 棒はこう言うが早いか、たちまちするするとからだをのばして、おやッという間に、もう高い高い雲の中へ頭をつっこんで・・・ 鈴木三重吉 「ぶくぶく長々火の目小僧」
・・・そうして、かのチャンバレーン氏やホワイマント氏がもう少しよく勉強してかからないうちは、いくら爪立ちしても手のとどかぬところに固有の妙味のあることも明らかになるであろうと思う。 二 連句と音楽 連句というものと、一・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・ そして、二羽は同じ様な歓喜と、同じ様な感謝に満ちて、爪立ち首を勇ましく持ちあげて、向うの杉の枝に座って被居っしゃるお月様に向ってお礼心の羽ばたきをした。 四つの厚い羽根が空気を打つバッサ、バッサ、バッサと云う音と、喉をならす、稍々・・・ 宮本百合子 「一条の繩」
出典:青空文庫