・・・「父ちゃん、さびしいの。」と、子供はいいました。「ああ、さびしい。」「父ちゃん、なにか、おもしろい話をして、聞かしておくれよ。」と、十一、二の男の子は、父親に頼みました。「そんなに、さびしければ、あした街へいってみろ! 町へ・・・ 小川未明 「あらしの前の木と鳥の会話」
・・・「父ちゃん、いやだよ。行っちゃいやだよう」 泣き声と一緒に、訴えるような声で叫んで、その小さな手は、吉田の頸に喰い込むように力強くからまった。 人生の、あらゆる不幸、あらゆる悲惨に対して殆んど免疫になってはいた吉田であった。不幸・・・ 葉山嘉樹 「生爪を剥ぐ」
・・・と云われても何でも、「ええそうなのよ、 父ちゃん。とか何とか実にスラスラと事を運んで、ケロッとした顔をして御飯に呼ばれるまでは遊んで行く。 大人もちょんびりでも心の隅にああ云う気持を持てたらさぞ愉快な事だろう・・・ 宮本百合子 「二十三番地」
・・・子供 阿父ちゃん、いや。父 そんな事云うもんじゃあないよ、ね。 さあ、いつもお寺でする様におし。子供 お寺じゃあないもん。父の手からぬけて遠慮なく法王のすぐそばに立つ。止め様とする父親を法王は止める。・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
・・・ うちの父ちゃんどこにいるのさ」すると、兄らしいのが、ちょっときまり悪そうに、答えている、「父ちゃんは、ここにはいないよ」ソヴェト同盟未来の労働者なかなか承知しない。「だって、ここボリシェヴィキの家だろう? 父ちゃんボリシェヴィキだもの、い・・・ 宮本百合子 「ロシアの過去を物語る革命博物館を観る」
・・・これはマークの札束を鞄に入れて歩いて、街の乞食の小僧が「小父ちゃん一万マークお呉れよパンを買うんだから……」と言ったという一つ話が伝わっているドイツの大恐慌の七、八ヵ月以前の状態とほぼひとしい形を示している。最低二十五倍の物価の昂騰があるわ・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
出典:青空文庫