・・・私はやっと最初の目礼が私に送られたのではなかったと云う事に気がつきましたから、思わず周囲の高土間を見まわして、その挨拶の相手を物色しました。するとすぐ隣の桝に派手な縞の背広を着た若い男がいて、これも勝美夫人の会釈の相手をさがす心算だったので・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・のBさんを物色し出した。長沙に六年もいるBさんはきょうも特に江丸へ出迎いに来てくれる筈になっていた。が、Bさんらしい姿は容易に僕には見つからなかった。のみならず舷梯を上下するのは老若の支那人ばかりだった。彼等は互に押し合いへし合い、口々に何・・・ 芥川竜之介 「湖南の扇」
・・・ こう思った林右衛門は、私に一族の中を物色した。すると幸い、当時若年寄を勤めている板倉佐渡守には、部屋住の子息が三人ある。その子息の一人を跡目にして、養子願さえすれば、公辺の首尾は、どうにでもなろう。もっともこれは、事件の性質上修理や修・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・それが余り突然だったので、適当な後任を物色する余裕がなかったからの窮策であろう。自分の中学は、当時ある私立中学で英語の教師を勤めていた、毛利先生と云う老人に、今まで安達先生の受持っていた授業を一時嘱託した。 自分が始めて毛利先生を見たの・・・ 芥川竜之介 「毛利先生」
・・・目を見交したばかりで、かねて算した通り、一先ず姿を隠したが、心の闇より暗かった押入の中が、こう物色の出来得るは、さては目が馴れたせいであろう。 立花は、座敷を番頭の立去ったまで、半時ばかりを五六時間、待飽倦んでいるのであった。(まず・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・その頃村山龍平の『国会新聞』てのがあって、幸田露伴と石橋忍月とが文芸部を担任していたが、仔細あって忍月が退社するので、その後任として私を物色して、村山の内意を受けて私の人物見届け役に来たのだそうだ。その時分緑雨は『国会新聞』の客員という資格・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・あまりのうれしさに、小便が出そうになってきたので、虫売の屋台の前では、股をすり合わせて帰りが急がれたが、浜子は虫籠を物色してなかなか動かないのです。 浜子は世帯持ちは下手ではなかったが、買物好きの昔の癖は抜けきれず、おまけに継子の私が戻・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・ いったい丹造がこの写真広告を思いついたのは、肺病薬販売策として患者の礼状を発表している某寺院の巧妙な宣伝手段に狙いをつけたことに始まり、これに百尺竿頭一歩をすすめたのであるが、しかし、どう物色しても、川那子薬で全快したという者が見当ら・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・あの男に言わせると、女房の客を物色して歩くようになってからはじめてポン引の面白さがわかったと、言っとりましたがね。あんたも社会の表面の綺麗ごとばかし見ずに、ああいう男の話を聴いて、裏面も書いて見たらいい小説が生れるがなア」「ふーん。そり・・・ 織田作之助 「世相」
・・・ 印度人は席へ下りて立会人を物色している。一人の男が腕をつかまれたまま、危う気な羞笑をしていた。その男はとうとう舞台へ連れてゆかれた。 髪の毛を前へおろして、糊の寝た浴衣を着、暑いのに黒足袋を穿いていた。にこにこして立っているのを、・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
出典:青空文庫