・・・ 天気がいいと、四つ辻の人通りの多い所に立って、まず、その屋台のような物を肩へのせる、それから、鼓板を叩いて、人よせに、謡を唱う。物見高い街中の事だから、大人でも子供でも、それを聞いて、足を止めない者はほとんどない。さて、まわりに人の墻・・・ 芥川竜之介 「仙人」
・・・私は新聞の記事にあおりたてられた物見高い人々が、五年目の再会の模様を見ようと、天王寺へお詣りがてら来ているのだと判ると、きゅうに自分のみすぼらしい――新聞に書かれた出世双六などという言葉におよそ似つかぬ姿を恥じて、穴あらばはいりたい気持とは・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・ 郷里に帰るものの習いで、私は村の人たちや子供たちの物見高い目を避けたかった。今だに古い駅路のなごりを見せているような坂の上のほうからは、片側に続く家々の前に添うて、細い水の流れが走って来ている。勝手を知った私はある抜け道を取って、ちょ・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・後からつづいて停車した電車の車掌までが加勢に出かけて、往来際には直様物見高い見物人が寄り集った。 車の中から席を去って出口まで見に行くものもある。「けちけちするない――早く出さねえか――正直に銭を払ってる此輩アいい迷惑だ。」と叫ぶものも・・・ 永井荷風 「深川の唄」
・・・この時の、爆発的に言われる堕落せよという声は、多くの人を物見高い心持から引きつける。 ところで私達は、性的経験の中にだけ人間性の実在感があるという観念について、一つの、まったく単純な質問を出したいと思う。もし坂口安吾氏がいうように、ぎり・・・ 宮本百合子 「人間の結婚」
・・・ 食事をしまって帰った時は、明方に薄曇のしていた空がすっかり晴れて、日光が色々に邪魔をする物のある秀麿の室を、物見高い心から、依怙地に覗こうとするように、窓帷のへりや書棚のふちを彩って、卓の上に幅の広い、明るい帯をなして、インク壺を光ら・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・老人は彼らに向かって演説を始める。物見高い都会のことであるから、いそがしい用事を控えた人までが何事かと好奇心を起こしてのぞきにくる。老人は怒りの情にまかせて過激な言を発せぬとも限らぬ。例えば中岡良一を賞讃して、彼はまことに国士であった、志士・・・ 和辻哲郎 「蝸牛の角」
・・・パウロはますます熱して永生の存在を立証する彼自身の体験について語り始める。物見高いアテネ人は――「ただ新しきことを告げあるいは聞くことにのみその日を送れる」アテネ人は、また一つの新しい神が輸入せられそうになったことに非常な興味を起こして、ア・・・ 和辻哲郎 「『偶像再興』序言」
出典:青空文庫