・・・ 十月初めに信州へ旅行して颱風の余波を受けた各地の損害程度を汽車の窓から眺めて通ったとき、いろいろ気のついたことがある、それがいずれも祖先から伝わった耐風策の有効さを物語るものであった。 畑中にある民家でぼろぼろに腐朽しているらしく・・・ 寺田寅彦 「颱風雑俎」
・・・と三日過ぎてアストラットに帰れるラヴェンは父と妹に物語る。「ランスロット?」と父は驚きの眉を張る。女は「あな」とのみ髪に挿す花の色を顫わす。「二十余人の敵と渡り合えるうち、何者かの槍を受け損じてか、鎧の胴を二寸下りて、左の股に創を負・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・電車がぶつかってめちゃめちゃになった三鷹の交番に警官は一人もいなかったという事実は何を物語るでしょうか。捜査のすすむにつれて三鷹の組合の副委員長をしている石井万治という人は嫌疑をかけられている書記長の自宅を訪問し、他所へつれて行って饗応し、・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
明治、大正年代にも、日本の文学は様々な意味で複雑、多岐な発展をとげて来たのであるが、この三四年間における日本文学が物語る歴史性、社会性の錯綜の姿は、或る意味で実に日本文学未曾有の有様ではないかと思われる。 明治、大正と・・・ 宮本百合子 「意味深き今日の日本文学の相貌を」
・・・妻として苦境に堪えて行く顔は充実して表現されるが、もっと内部的に複雑な葛藤を物語る際になると、顔は非常に消極的な役割しか演じなくなる。「裸の町」についていえば夫の留守債鬼に囲まれながら孤城のような店に立てこもっている妻の顔つきは全く内部の感・・・ 宮本百合子 「映画の恋愛」
・・・新制『くにのあゆみ』は、その点に特別の配慮がされていて、物語る口調そのものの平らかさにまで随分気がくばられている。 抗争摩擦の面をさけてなるべく平和にと心がけられた結果、その努力は一面の成功と同時に、あんまり歴史がすべすべで民族自体の気・・・ 宮本百合子 「『くにのあゆみ』について」
・・・いかに古フォードがやすく買えて、労働者農民が電話、自動車をつかう率の高いアメリカでも、全国の経済が下降期にあって、農民の恐怖と、破綻を物語るスタインベックの「怒りの葡萄」がベスト・セラーズとなっているのが当時の社会の現実の面であった。ダイジ・・・ 宮本百合子 「現代史の蝶つがい」
・・・ こういう人間性の分裂と矛盾が、現代の権力あるものの避けがたい立場だというならば、最近の百二十年たらずのうちに、権力そのものの実質がゲーテの讚えたような属性をまったく失ってしまっている事実を物語る。ゲーテは「ファウスト」第二部で、より大・・・ 宮本百合子 「権力の悲劇」
・・・手早くつくられてゆく物語の面白さというのではなく、人間がまどろしく生きてゆくかと思うと、あるとき案外な飛躍もするその歴史の面白さを物語る、その感銘が生み出せないと云えるだろうか。わたしのところでは、はじめから社会主義リアリズムの方法によって・・・ 宮本百合子 「心に疼く欲求がある」
・・・これは著者の人格的生活における近来の進境を物語るものにほかならぬ。そうしてそのことを我々はこの書の内容において具体的に見いだすことができるのである。 著者はこの書の序文において、「悠々たる観の世界」を持つことの喜びを語っている。この書は・・・ 和辻哲郎 「『青丘雑記』を読む」
出典:青空文庫