・・・そうだとすると、男も鉄漿黒々とつけていた日本の昔は今よりももっと人間のこの特権を充分に発揮していたことになるかもしれない。 十五 視角 はじめて飛行機に乗った経験を話している人が、空中から見た列車の長さがたったこれだ・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・但し米屋酒屋の勘定を支払わないのが志士義人の特権だとすれば問題は別である。 わたくしは教師をやめると大分気が楽になって、遠慮気兼をする事がなくなったので、おのずから花柳小説『腕くらべ』のようなものを書きはじめた。当時を顧ると、時世の好み・・・ 永井荷風 「正宗谷崎両氏の批評に答う」
・・・「孤独は天才の特権だ」といったショーペンハウエルでさえ、夜は婦などを相手にしてしゃべって居たのだ。真の孤独生活ということは、到底人間には出来ないことだ。友人が無ければ、人は犬や鳥とさえ話をするのだ。畢竟人が孤独で居るのは、周囲に自分の理・・・ 萩原朔太郎 「僕の孤独癖について」
・・・今度改正された憲法は、その中に、すべての人民は法律の前に平等であるとされていて、性別身分などの特権によって特別な利益を保護されることはないように規定されている。しかしその中に天皇という特別な一項がある。華族は世襲でなくなったが、天皇の地位は・・・ 宮本百合子 「明日をつくる力」
・・・しかし、資本主義の社会体制が保たれることで特権をもってゆける支配階級の人々は、あらゆる手段をつくして新しい社会体制の発展を遅らせようと努力していますし、あからさまに人民大衆を犠牲にして、社会的混乱を拡大し、深め、その間に新しい歴史をつくって・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・人民生活のごまかしようのない逼迫は、あらゆる女性の問題を、むき出しに社会問題として、半封建の特権者によって行われているファシズムへの傾きをもつきょうの政治の破綻としてわたしたちの毎日にほこさきを出しているのである。女性の風俗、モードの問題ひ・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十五巻)」
・・・勝利の盃盤は特権の簒奪者たる富と男子の掌中から傾いた。しかし吾々は、肉迫せる彼ら二騎手の手から武器を見た。彼らの憎悪と怨恨と反逆とは、征服者の予想を以て雀躍する。軈て自由と平等とはその名の如く美しく咲くであろう。その尽きざる快楽の欣求を秘め・・・ 横光利一 「黙示のページ」
・・・しかし後にはただ特権階級として、伝統の特権によって民衆の上に立っていたのである。しかし民衆運動が勃興して後には、由緒の代わりに実力が物をいうようになった。単なる家柄の代わりに実際の統率力や民衆を治める力が必要となったのである。だから政治的才・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
・・・という理想を阻んでいるものは、政治においても経済においても、自己の利益または特権に執着する心である。「万民の志を遂げしむる」ことによって自己の利益または特権を失わんことを恐るる心である。それが聖勅に違背する心である。またもし工業労働者のみの・・・ 和辻哲郎 「蝸牛の角」
・・・そのような苦患と歓喜とは、息をしている死人や腐った頽廃者などの特権だ。 苦患は戦いの徴候である。歓喜は勝利の凱歌である。生は不断の戦いであるゆえに苦患と離れることができない。勝利は戦って獲られるべき貴い瞬間であるゆえに必ず苦患を予想する・・・ 和辻哲郎 「ベエトォフェンの面」
出典:青空文庫