・・・ジェルテルスキーが、上海で始めて彼女に紹介された時、彼女は、何か特種な称号でも云うように、「ええ、私マダム・ブーキンと申しますの、どうぞよろしく」と紅をさした頬で微笑った。髪の黒い、黒い眼のキラキラした痩せぎすの彼女にとって、マダム・・・ 宮本百合子 「街」
・・・最早絶えることない特種の野卑な醜聞は、嘲弄者に潤沢な機会を与える。大都市の街路は夜毎に世界の他の何処にも又と見られないような展覧会を示して居る。これら総てのことあるに反して、普通の英国人は自分の国の徳義上の優越を授けられたものと考える。そし・・・ 宮本百合子 「無題(四)」
・・・主権在民の憲法に天皇という特種な一項目があって、新聞では大臣も天皇も公僕であるといいながら身分上、経済上そして政治上の特権は十分たもたれているという事実は、日本の民主的生活の道がどんなに過渡的なものであり、まだどっさりと封建の尾をひいたもの・・・ 宮本百合子 「明瞭で誠実な情熱」
・・・その他金融、健康保護、休みの家、時には作家の家族の生活保証まで特種な組織があってやっている。 ソヴェトで或る組織の中に入って働いている人にとって、生活は一寸他の国で想像の出来ない根柢的な安心がある。そこで革命は無駄にやったことではないと・・・ 宮本百合子 「露西亜の実生活」
・・・これが、この花園の中で呼吸している肺臓の特種な運動の体系であった。 五 ここの花園の中では、新鮮な空気と日光と愛と豊富な食物と安眠とが最も必要とされていた。ここでは夜と雲とが現われない限り、病舎に影を投げかけるも・・・ 横光利一 「花園の思想」
・・・ 高田はそう梶に云ってから、この栖方は、特種な武器の発明を三種類も完成させ、いま最後の一つの、これさえ出来れば、勝利は絶対的確実だといわれる作品の仕上げにかかっている、とも云ったりした。このような話の真実性は、感覚の特殊に鋭敏な高田とし・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫