・・・ドアーの入口で待っていた特高が、直ぐしゃちこばった恰好で入ってきた。判事の云う一言々々に句読点でも打ってゆくように、ハ、ハア、ハッ、と云って、その度に頭をさげた。 私はその特高に連れられたまゝ、何ベンも何ベンもグル/\階段を降りて、バ・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・ 明け方の寒さで、どの特高の外套も粉を吹いたように真白になり、ガバ/\と凍えた靴をぬぐのに、皆はすっかり手間どった。――お前の妹は起き上がると、落付いて身仕度をした。何時もズロースなんかはいたことがないのに、押入れの奥まったところから、・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・この筆者は警視庁の特高課から手記を出版されたパンフレットの執筆者で、モスクから脱出してきた見聞記と称して「モスク」を発表した。また、トロツキーの「裏切られた革命」を大綜合雑誌が別冊附録としたようなジャーナリズムの気風についても見のがしていな・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十一巻)」
・・・ 特高が留置場へ来た。 自分を出させ、紺木綿の風呂敷でしばった空弁当がつんであるごたごたした臭い廊下へ出るといきなり、「女中さんが暇を貰いたいらしい様子ですよ」と云った。いかにも気を引いて見ようとする抑揚だ。自分はむっつ・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・背広を着た特高は、私をつかまえて引こんだ小林の家の前通りの空家の薄暗い裡で大きい声で云った。「小林は共産党員じゃないか、人を馬鹿にするな!」「そうかもしれないが、それより前に、小林多喜二は、立派な文学者ですよ」「理屈なんかきいち・・・ 宮本百合子 「今日の生命」
・・・治安維持法が廃止され、憲兵・特高制度が廃止されたということは、直接治安維持法の対象とされていた民主的な思想の人々を解放したばかりではなかった。生きのこった日本の全人民が、はじめて幾重もの口かせ、手かせからときはなされたことを意味した。ニッポ・・・ 宮本百合子 「三年たった今日」
・・・そのなかの一人である安倍源基は特高課長、警視総監、内務大臣と出世したが、その立身の一段一段は小林多喜二の血に染められ岩田義道の命をふみ台にしている。天羽英二は情報局長としてあんなに人民の言論と思想、文化の自由を根こそぎ刈った。 これらの・・・ 宮本百合子 「事実にたって」
・・・ 逸見重雄氏は、野呂を売って警視庁に捕えさせたスパイの調査に努力した当時の党中央委員の一人であった。特高が中央委員であった大泉兼蔵その他どっさりのスパイを、組織の全機構に亙って入りこませ、様々の破廉恥的な摘発を行わせ、共産党を民衆の前に・・・ 宮本百合子 「信義について」
・・・地方にも都会にも様々の形で各機構に入りこんでいる右翼くずれ、特高の変形は、人民の統一行動を攪乱するのが唯一の任務であるから、一見勇敢な闘士めいて、どういう挑発をしないものでもない。もし人民が、現在日本政府は武力をもっていないという公の建前を・・・ 宮本百合子 「人民戦線への一歩」
・・・治安維持法時代から特高として働いてきたツゲ事務官は、尾崎秀実の例をひいて「彼は遂に刑場の露と消えた。彼は真実に生きていた。最後まで真実を主張して自分の真理に生きた。そうして彼は牢獄において手記を残して行った。お前は小説に書かれるか。そこまで・・・ 宮本百合子 「それに偽りがないならば」
出典:青空文庫