・・・なんていう蛮カラ的の事は要せぬようになりまして、男子でも鏡、コスメチック、頭髪ブラッシに衣服ブラシ、ステッキには金物の光り美しく、帽子には繊塵も無く、靴には狗の髭の影も映るというように、万事奇麗事で、ユラリユラリと優美都雅を極めた有様でもっ・・・ 幸田露伴 「旅行の今昔」
・・・ 今の朝日敷島の先祖と思われる天狗煙草の栄えたのは日清戦争以後ではなかったかと思う。赤天狗青天狗銀天狗金天狗という順序で煙草の品位が上がって行ったが、その包装紙の意匠も名に相応しい俗悪なものであった。轡の紋章に天狗の絵もあったように思う・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
・・・を説いたくだりに、狗吠や鶏鳴を防止するためにこれらの動物のからだのある部分を焼くべしということが書いてある。お灸でもすえるのかと思う。この本の脚注に、昔パルティア人が馬のいななくを防ぐためにそのしっぽをしっかりと緊縛するという方法をとった。・・・ 寺田寅彦 「俳諧瑣談」
・・・巨人の椎を下すや四たび、四たび目に巨人の足は、血を含む泥を蹴て、木枯の天狗の杉を倒すが如く、薊の花のゆらぐ中に、落雷も耻じよとばかりどうと横たわる。横たわりて起きぬ間を、疾くも縫えるわが短刀の光を見よ。吾ながら又なき手柄なり。……」ブラヴォ・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・のみならず、読者に対してはどうかと云うに、これまた相済まぬ訳である……所謂羊頭を掲げて狗肉を売るに類する所業、厳しくいえば詐欺である。 之は甚い進退維谷だ。実際的と理想的との衝突だ。で、そのジレンマを頭で解く事は出来ぬが、併し一方生活上・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・虎を画いて成らず狗に類すなどというのは写生をしないからである。写生でさえやれば何でも画けぬ事はないはずだ、というので忽ち大天狗になって、今度は、自分の左の手に柿を握って居る処を写生した。柿は親指と人さし指との間から見えて居る処で、これを画き・・・ 正岡子規 「画」
・・・「また、いつかはそれをやりとげないでは結局、羊頭をかかげて狗肉を売るそしりをまぬかれないだろう」というのなら、まず文学そのものとして狗肉である現在のジャーナリズムへの商品を一応ひっこめることから実行されるべきこと。大衆の運命は性の欲望と肉体・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
・・・ 春夫の狗肉 昨今、ジャーナリズムに反映している面だけを見てもソヴェト同盟に関する興味というものは実に異常なたかまりを見せている。八月号の諸雑誌を一とおり見渡しただけでもそこには幾つかのソ同盟探求の座談会記事が・・・ 宮本百合子 「文芸時評」
・・・どうも鼠やなんぞではないらしい。狗でもないらしい。小川君は好奇心が起って溜まらなくなった。その家は表からは開けひろげたようになって見えている。の縁にしてある材木はどこかへ無くなって、築き上げた土が暴露している。その奥は土地で磚と云っている煉・・・ 森鴎外 「鼠坂」
・・・その時の吉の草紙の上には、字が一字も見あたらないで、宮の前の高麗狗の顔にも似ていれば、また人間の顔にも似つかわしい三つの顔が書いてあった。そのどの顔も、笑いを浮かばせようと骨折った大きな口の曲線が、幾度も書き直されてあるために、真っ黒くなっ・・・ 横光利一 「笑われた子」
出典:青空文庫