・・・ 狂言稗史の作者しばしば男女奇縁を結ぶの仲立に夕立を降らしむ。清元浄瑠璃の文句にまた一しきり降る雨に仲を結ぶの神鳴や互にいだき大川の深き契ぞかわしけるとは、その名も夕立と皆人の知るところ。常磐津浄瑠璃に二代目治助が作とやら鉢の木を夕立の・・・ 永井荷風 「夕立」
・・・と思うと、わけもなく二番目狂言に出て来る人物になったような心持になる。浄瑠璃を聞くような軟い情味が胸一ぱいに湧いて来て、二人とも言合したようにそのまま立留って、見る見る暗くなって行く川の流を眺めた。突然耳元ちかく女の声がしたので、その方を見・・・ 永井荷風 「雪の日」
・・・誠という物を嘲み笑って、己はただ狂言をして見せたのだ。恋ばかりではない。何もかもこの通りだ。意義もない、幸福もない、苦痛もない、慈愛もない、憎悪もない。死。阿房ものめが。好いわ。今この世の暇を取らせる事じゃから、たった一度本当の生活とい・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・い髪かたちも妓家の風情をまなび○伝しげ太夫の心中のうき名をうらやみ故郷の兄弟を恥じいやしむ者ありされどもさすが故園情に堪えずたまたま親里に帰省するあだ者なるべし浪花を出てより親里までの道行にて引道具の狂言座元夜半亭と御笑い下さるべく候実は愚・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・ 日本精神という四字が過去十数年間、その独断と軍国主義的な狂言で、日本の精神の自然にのびてゆく道をさえぎっていた罪過ははかりしれないほどふかい。作家横光利一の文学の破滅と人間悲劇の軸は、彼の理性、感覚が戦時的な「日本的なもの」にひきずら・・・ 宮本百合子 「偽りのない文化を」
・・・又は、後半の狂言風な可笑しみで纏め、始めの自責する辺などはごくさらりと、折角、一夜を許し、今宵の月に語り明かそうと思えば、いかなこと、この小町ほどの女もたばかられたか、とあっさり砕けても、或る面白味があっただろう。 行き届いて几帳が立て・・・ 宮本百合子 「気むずかしやの見物」
・・・は身振狂言で帝国主義とファシズムに対する攻撃を始めたが、ここで一つ際立つ芸術上の現象がある。それは諷刺的要素の増大ということだ。 芸術上、諷刺性格が二通りある。一つは手投弾のように迅速な、的確に敵をバクロ、攻撃する役に立つ性格。他の一つ・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・を見て、その狂言の、罪のない、好意のもてるずるさ、というようなもののあるのを非常に面白いと思いました。 旅行 旅行にはよく出かけます。今年もお正月は湯ケ島と北海道へ旅をしましたし、四月から五月へかけて九州を一週・・・ 宮本百合子 「身辺打明けの記」
・・・しかし初春の狂言には曽我を演ずるを吉例としてある。曽我は敵討で、敵を討てば人死のあることを免れない。況や鴎外漁史は一の抽象人物で、その死んだのは、児童の玩んでいた泥孩が毀れたに殊ならぬのだ。予は人の葬を送って墓穴に臨んだ時、遺族の少年男女の・・・ 森鴎外 「鴎外漁史とは誰ぞ」
・・・そこでなんだってあんな狂言をなすったのです。あのお見せになった写真の好男子は誰ですか。 女。あの写真はロンドンで二シルリングかそこらで買ったのでございます。わたくしも誰の写真だか存じません。いずれイギリスのなんとか申す貴族だろうと存じま・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「最終の午後」
出典:青空文庫