・・・終生独身で過ごした、B医師はバラック式であったが、有志の助力によって、慈善病院を建てたのは、それから以後のことであります。もちろん、老人の志も無とならなかったばかりか、B医師は、老人の好きだったらしいすいせんを病院の庭に植えたのでありました・・・ 小川未明 「三月の空の下」
・・・ 銭占屋も今はもう独身でない、女房めいた者もできた、したがって家庭が欲しくなったのだろうと思って、私はそう言ってやった。すると、重々しく首を掉って、「君にゃこの心持が分らねえんだ。」と腹立しそうに言ったが、その辞も私には分らなかった・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・ しかしあれでもないよ、どうも競馬を本当に描写した文学はないね、競馬は女より面白いのにね、僕は競馬場へ女を連れて来る奴の気が知れんのだ、競馬があれば僕はもう女はいらんね、その証拠に僕はいまだに独身だからね、西鶴の五人女に「乗り掛ったる馬」と・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・私を独身だと思っていた。「女子大出だって芸者だってお女郎だって、理窟を言おうと言うまいと、亭主を莫迦にしようとしまいと、抱いてみりゃア皆同じ女だよ」私は一合も飲まぬうちに酔うていた。「あんたはまだ坊ン坊ンだ。女が皆同じに見えちゃ良い・・・ 織田作之助 「世相」
・・・よくもまあ永い間、若い才物者揃いの独身者の間に交って、惨めなばかを晒していられたものだ……」 彼はこの惣領の三つの年に、大きな腹をした細君を郷里に帰したのだ。その後またちょっと帰ってきては一人生ましたのだ。……がさて、明日からどうして自・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・』『女房をサ、何もそんなに感心する事はなかろう、今度のようなちよっとした風邪でも独身者ならこそ商売もできないが女房がいれば世話もしてもらえる店で商売もできるというものだ、そうじゃアないか』と、もっともなる事を言われて、二十八歳の若者、こ・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・「イヤそうでない、全くうまいものだ、これほど技があるなら人の門を流して歩かないでも弟子でも取った方が楽だろうと思う、お前独身者かね?」「ヘイ、親もなければ妻子もない、気楽な孤独者でございます、ヘッヘヘヘヘヘ」「イヤ気楽でもあるま・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・子どものない婦人や独身婦人の場合は例外である。特殊な天才的才能を恵まれた婦人の場合も例外である。原則としては、理想的社会においては、普通の婦人は、自然が課したる母性としての特別任務をまず果して、それと両立し、少なくとも協定し得る限りにおいて・・・ 倉田百三 「婦人と職業」
・・・まだ御独身で。よく華族様方の御嬢様なぞにも、そういう風で、年をとって御了いなさる方が御有んなさいますそうですよ……それからあの人が、丁度あの位の奥様が御為にも宜しかろうかッて、そう申してますよ……尤も、こればかりは御縁で御座いますから」・・・ 島崎藤村 「刺繍」
・・・僕もこのとしになるまで、まだ独身で毎日毎日をぶらりぶらり遊んですごしているゆえ、親類縁者たちから変人あつかいを受けていやしめられているのであるが、けれども僕の頭脳はあくまで常識的である。妥協的である。通常の道徳を奉じて生きて来た。謂わば、健・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
出典:青空文庫