・・・ 少し猫背の、古びた学生服の後姿を見て、誰が、あの軟かく溶け輝いて花の色を映していた二つの瞳を考えることが出来よう。 私は、ぼんやり飾窓の前に立って何かに眺め入っている自分やこの若者やの後姿が、行人の或る者にどんな印象を与えるか、よ・・・ 宮本百合子 「小景」
・・・ 祖母さんは朝、目をさますと、先ず荒い鼻息を立てて顔を洗い、さて聖像の前に立った。猫背の背中を真直にし、頭をふりあげ、愛想よくカザンの聖母の丸い顔を眺めながら、彼女は大きく念を入れて十字を切り、熱心に囁くのであった。「いと栄えある聖・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・一人の痩せた猫背の男で、善良そうな目をもち、眼鏡をかけた下宿人が暮していた。何か祖母から云われる度にその男は、「結構です」と挨拶するので、「結構さん」というあだ名がついていた。小さいゴーリキイは、この下宿人の暮しぶりに非常な好奇心を動かされ・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの発展の特質」
・・・ ジェルテルスキーは、聞き手がもうすっかり知り抜いているに違いないのに、改めて、極めて自然に質問するので、礼儀上からでもそれに答えなければならない不愉快を忍びつつ、大略を話した。猫背に見える程ベルトを高いところで締めたアメリカ型の外套を・・・ 宮本百合子 「街」
・・・ 二 馬は一条の枯草を奥歯にひっ掛けたまま、猫背の老いた馭者の姿を捜している。 馭者は宿場の横の饅頭屋の店頭で、将棋を三番さして負け通した。「何に? 文句をいうな。もう一番じゃ。」 すると、廂を脱れた・・・ 横光利一 「蠅」
出典:青空文庫