・・・ 自分がものを覚えるようになった日から続いていた幻の王国の領地で、或るときは杉の古木となり、或るときは小川となり、目に見えぬ綾の紅糸で、露にきせる寛衣を織る自由さえ持っていた自分は、今こうやって、悲しく辛い思いを独りでがまんして坐ってい・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・ まるで、風土文物の異った封建時代の王国の様に、両家の子供をのぞいた外の者は、垣根一重を永劫崩れる事のない城壁の様にたのんで居ると云う風であった。 けれ共子供はほんとに寛大な公平なものだとよく思うが、親父さんに、「おい又行く・・・ 宮本百合子 「二十三番地」
・・・ 文学はなるほど人の心を慰めるものであり将棋も名人となれば一つの精神の王国をもっているであろう。だが、名人にとって将棋は娯楽の範囲にとどまって考えられてはいないだろうし、文学は、国の光として英訳して海外に誇るべきものの一つとして考えられ・・・ 宮本百合子 「日本文化のために」
・・・右も生垣、左も生垣、僅か三尺ばかりの小道がそこを貫いているのだが、五月になると、小径は緑の王国だ。高いところに樫の若葉、要の葉、桜、楓、地面に山吹や野茨が叢り出て緑のァリエーションをつくる。そこへふっさり幹を斜に空から後期印象派風の柳が豊富・・・ 宮本百合子 「わが五月」
・・・そしてフランチェンスウェヒを横切って、ウルガルン王国の官有鉄道の発起点になっている堤の所へ出掛けた。 ここはいつもリンツマンの檀那の通る所である。リンツマンの檀那と云うのは鞣皮製造所の会計主任で、毎週土曜日には職人にやる給料を持ってここ・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・さらに南の方、コンゴー王国に行って見ると、「絹やびろうど」の着物を着た住民があふれるほど住んでいる。そうして大きい、よく組織された国家の、すみずみまで行き届いた秩序があり、権力の強い支配者があり、豊富な産業がある。骨までも文化が徹っている。・・・ 和辻哲郎 「アフリカの文化」
・・・私は自分の貧しさに嘆く人々が一日も早く精神の王国の内に、偉大なる英雄たちの築いたあの王国の内に、限りなき命の泉を掬み、強い力と勇気とをもってふるい立つ日の来たらんことを祈っています。八 もう夜がふけました。沈んだ心持ちで書き・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
・・・しからば真善美の創造を欲する人類の使徒として、美の王国を、美のための美を、芸術のための芸術を、創造しようとする努力は、直ちに人類への奉仕でなくてはならない。「芸術のための芸術」はかく解せられるときその最奥の意味を発揮する。もしこの言葉が・・・ 和辻哲郎 「『劉生画集及芸術観』について」
出典:青空文庫