・・・ バスチアンとイドウとが氷塊を小汽艇へ積み込んでいるところへテレーズがコーヒーの茶わんを持ってくる。バスチアンがいきなり女を船に引きおろしておいてモーターをスタートする。そうして全速力で走り出す。スクリーンの面で船や橋や起重機が空中に舞・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・最も卑近な例をあげると、スクリーンの上にコーヒーを飲む場面が映写されるのを見て急に自分もコーヒーが飲みたくなるような場合もあるであろう。 それとほぼ同じようなわけで、もはや青春の活気の源泉の枯渇しかけた老年者が、映画の銀幕の上に活動する・・・ 寺田寅彦 「映画と生理」
・・・ブラヂルコーヒーが普及せられて、一般の人の口に味われるようになったのも、丁度その時分からで、南鍋町と浅草公園とにパウリスタという珈琲店が開かれた。それは明治天皇崩御の年の秋であった。 ○ 談話がゆくりなく目に見・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・その果物のうちでもっとも香りの高い遠い国から来たレモンの露を搾って水に滴らして飲んだ。珈琲も飲んだ。すべての飲料のうちで珈琲が一番旨いという先生の嗜好も聞いた。それから静かな夜の中に安倍君と二人で出た。 先生の顔が花やかな演奏会に見えな・・・ 夏目漱石 「ケーベル先生」
・・・どの商店も小綺麗にさっぱりして、磨いた硝子の飾窓には、様々の珍しい商品が並んでいた。珈琲店の軒には花樹が茂り、町に日蔭のある情趣を添えていた。四つ辻の赤いポストも美しく、煙草屋の店にいる娘さえも、杏のように明るくて可憐であった。かつて私は、・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・砂糖その他が高くなって、今まで十銭のコーヒーであったのを十五銭にしなければ合わなくなった。喫茶店で出すマッチね、あれは紙なしで――表紙に貼ってあるペーパーなしで、千箱入三円三十銭だったのが四円になったんだから、参りますよ。煙草の増税で二千万・・・ 宮本百合子 「打あけ話」
・・・ 神田では三省堂を出てから夜店の古本を見て十銭でエジソン伝など掘出し、あすこの不二家へよってコーヒーとお菓子をたべ、バスで高田の馬場までかえりました。おなかをすかして、とろろで御飯をたべ、それからお風呂に入って、二階へ上ったという順序で・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・その沢山の物売りが独特な発声法で、ハムやコーヒー牛乳という混成物を売り廻る後に立って、赤帽は、晴やかな太陽に赤い帽子を燦めかせたまま、まるで列車の発着に関係ない見物人の一人のように、狭い窓から行われる食物の取引を眺めている。両手を丸めた背中・・・ 宮本百合子 「この夏」
・・・ 人々がコーヒーを飲み了ったと思うと、憲兵の伍長が入り口に現われた。かれは問うた、『ここにブレオーテのアウシュコルンがいるかね。』 卓の一端に座っていたアウシュコルンは答えた、『わしはここにいるよ。』 そこで伍長はまた、・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・それから今一つの玉を珈琲店に投げ込んで、二人を殺して、あと二十人ばかりに怪我をさせた。そいつが死刑になる前に、爆裂弾をなんに投げ附けても好いという弁明をしたのだ。社会は無政府主義者を一纏めに迫害しているから、こっちも社会を一纏めに敵にする。・・・ 森鴎外 「食堂」
出典:青空文庫