・・・去年の花床として、見わたしておもてに見える高低だけ言われている土のなかには、その花が咲いたら面白いだろうと思う球根が、いくつか放ったらかしになっている。そんな風にも感じる。そして、この感じは、まとめて表現しにくいままに、案外ひろく人々の心の・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
・・・小さい清潔な白塗の椅子テーブルが、水鉢の上で芽をふきかけているいろんな球根ののった窓のまわりに配列されている。今ここに子供はいない。 ――お母さんが少し長い時間買物にでも出かけなければならない。すると、ここへよって小さい子供をあずけてゆ・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
・・・その時分から、病人は枯芝の上を歩きつつ、「ねえ石川、ダリヤの球根持って来とくれよ」と注文した。「少し早すぎましょう」「いいよ、もういいよ、咲くよ」 石川は、その辺にころがっている腐った球根でもかまわずもって行って土に埋め・・・ 宮本百合子 「牡丹」
・・・汽車で上野に着いて、人力車を倩って団子坂へ帰る途中、東照宮の石壇の下から、薄暗い花園町に掛かる時、道端に筵を敷いて、球根からすぐに紫の花の咲いた草を列べて売っているのを見た。子供から半老人になるまでの間に、サフランに対する智識は余り進んでは・・・ 森鴎外 「サフラン」
出典:青空文庫