・・・感情的お七に理窟的後悔が起る理由がない。火を付けたのは、しようかせまいかと考えてしたのではなく、恋のためには是非ともしなくてはならぬ事をしたものを、なぜにその事についてお七が善いの悪いのというて考えて見ようか。もしそれを考えるほどなら恋は初・・・ 正岡子規 「恋」
・・・ある人は、新聞に三つの理由をあげて、あの茨海の野原は、すぐ先頃まで海だったということを論じました。それは第一に、その茨海という名前、第二に浜茄の生えていること、第三にあすこの土を嘗めてみると、たしかに少し鹹いような気がすること、とこう云うの・・・ 宮沢賢治 「茨海小学校」
・・・ 恋愛経験の最中にある時、或は何かの理由で恋愛的雰囲気に対して非常に敏感になっているとき、私共は自分にもひとにも第一、気になるのは恋愛のことばかりだと云う風に思います。けれども、じっと見るとどんな熱情的な恋愛をしている人でも、人間として・・・ 宮本百合子 「愛は神秘な修道場」
・・・その理由とする所を聞けば、あの二人は隔てのない中に礼儀があって、夫婦にしては、少し遠慮をし過ぎているようだと云うのであった。 二人は富裕とは見えない。しかし不自由はせぬらしく、又久右衛門に累を及ぼすような事もないらしい。殊に婆あさんの方・・・ 森鴎外 「じいさんばあさん」
・・・そのおことわり申さないには、理由が二つございました。一つはあなたがいかにも無邪気に、初心らしくおっしゃったので、「おや、この方はどんな途方もない事をおっしゃるのだか、御自身ではお分かりにならないのだな」と存じましたの。それから今一つはまあ、・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「辻馬車」
・・・ しかし結局、身辺小説といわれているものに優れた作品の多いことは事実であり、またしたがって当然でもあるが、私はたとい愚作であろうとかまわないから、出来得る限り身辺小説は書きたくないつもりである。理由といっては特に目立った何ものもない。た・・・ 横光利一 「作家の生活」
・・・ しかし文化的でない、別の理由から出た鎖国政策は、ヒステリックな迫害によって、この時代に日本人の受けたヨーロッパ文化の影響を徹底的に洗い落としてしまった。その影響の下に日本人の作り出した文化産物も偶然に残存した少数の例外のほかは、実に徹・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫