・・・その上、猫入らずまで混ぜてあったのだが、兎に角私は、滅茶苦茶に甘いものに飢えていた。 だものだから、ついうっかり、奴さんの云う事を飲み込もうとした。 涎でも垂らすように、私の眼は涙を催しかけた。「馬鹿野郎!」 私は、力一杯怒・・・ 葉山嘉樹 「浚渫船」
・・・しかしこの平民的な苗字が自分の中心を聳動して、過ぎ去った初恋の甘い記念を喚び起すことは争われない。 その時のピエエルは高等学校を卒業したばかりで、高慢なくせにはにかんだ、世慣れない青年であった。丈は不吊合に伸びていて、イギリス人の a ・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・その疵のある象牙の足の下に身を倒して甘い焔を胸の中に受けようと思いながら、その胸は煖まる代に冷え切って、悔や悶や恥のために、身も世もあられぬ思をしたものが幾人あった事やら。お前はジョコンダだな。その秘密らしい背景の上に照り輝いて現われている・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・西瓜などは日表が甘いというが、外の菓物にも太陽の光線との関係が多いであろう。○くだものの鑑定 皮の青いのが酸くて、赤いのが甘いという位は誰れにもわかる。林檎のように種類の多いものは皮の色を見て味を判定することが出来ぬが、ただ緑色の交って・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・ ドッドド ドドウド ドドウド ドドウ、 甘いざくろも吹き飛ばせ 酸っぱいざくろも吹き飛ばせ ホラね、ざくろの実がばたばた落ちた。大工はあわてたような変なかたちをしてるんだ。僕はもう笑って笑って走った。 電信ばしらの針金・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・工場に働いている男女、会社員、職業婦人、学生、農家、商家それぞれの献立と、今たべたいものを統計して示している。甘いものと天ぷらが食べたいものの圧倒的多数を占めている事実も、私たちの実感に通じている。 この食べもの調査は相当こまかに分類も・・・ 宮本百合子 「「うどんくい」」
・・・それがどんな脚本かと云うと、censure の可笑しい程厳しいウィインやベルリンで、書籍としての発行を許しているばかりではない、舞台での興行を平気でさせている、頗る甘い脚本であった。 しかしそれは三面記者の書いた事である。木村は新聞社の・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・「これは甘いぞ、甘いぞ。」 そういいながら吉は釣瓶の尻の重りに縛り付けられた欅の丸太を取りはずして、その代わり石を縛り付けた。 暫くして吉は、その丸太を三、四寸も厚味のある幅広い長方形のものにしてから、それと一緒に鉛筆と剃刀とを・・・ 横光利一 「笑われた子」
・・・あの声がまだ何か云うだろうと思って待っている。あの甘い、銀のような声で語り続けて、また色々な事を言って聞せてくれるだろうと思われるのである。 女の言う事は寺でする懺悔のようである。そしてその意味は分からない。 事によったらこの壁に沿・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
・・・我々はこういう甘い快さで、深い満足が得られるか。あのような題材からただあれだけの美しさを抽出して来るのでは、あまりにのんきすぎはしないか。湯は色の好みのために温かさを無視せられている。女の体には湯に温まったという感じがまるでない。白い柔らか・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
出典:青空文庫