・・・けれども、作者の愛着は、また自ら別のものらしく、私は時折、その甘ったるい創作集を、こっそり机上に開いて読んでいる事もあるのである。その創作集の中でも、最も軽薄で、しかも一ばん作者に愛されている作品は、すなわち、冒頭に於いて述べた入江新之助氏・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・煙草の味もやはり甘ったるい、しつっこい、安香水のような香のするものであったような気がする。 今の朝日敷島の先祖と思われる天狗煙草の栄えたのは日清戦争以後ではなかったかと思う。赤天狗青天狗銀天狗金天狗という順序で煙草の品位が上がって行った・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
・・・梟の大将はみんなの方に向いてまるで黒砂糖のような甘ったるい声でうたいました。「からすかんざえもんは くろいあたまをくうらりくらり、 とんびとうざえもんは あぶら一升でとうろりとろり、 そのくらやみはふくろうの いさみ・・・ 宮沢賢治 「かしわばやしの夜」
・・・「いいえ、あいつの歌なら、あの甘ったるい歌なら、さっきから光の中に溶けていましたがひばりはまさか溶けますまい。溶けたとしたらその小さな骨を何かの網で掬い上げなくちゃなりません。そいつはあんまり手数です。」「まあそうですね。しかしひば・・・ 宮沢賢治 「チュウリップの幻術」
・・・その甘ったるい夕方の夢のなかで、わたくしはまだあの茶いろななめらかな昆布の干された、イーハトーヴォの岩礁の間を小舟に乗って漕ぎまわっていました。俄かに舟がぐらぐらゆれ、何でも恐ろしくむかし風の竜が出てきて、わたくしははねとばされて岩に投げつ・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・すると、隣の店からは軟かい、甘ったるい、うっとりさせる口上が流れて来る。「手前共は、羊皮や長靴などの商いではございません。金銀にまさる神様のお恵みを御用立てるのでございます。これには、もう値段はございません」「畜生! うまく百姓をた・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・ 酒を注ぎながら、上さんは甘ったるい調子で云った、「でも営口で内に置いていた、あの子には、小川さんもわなかったわね。」「名古屋ものには小川君にも負けない奴がいるよ。」主人が傍から口を挟んだ。 やはり小川の顔を横から覗くようにして・・・ 森鴎外 「鼠坂」
出典:青空文庫