・・・私はお世話になったが、お世話を甘受しなかった事もあるから、事に由ると世話甲斐のない男だと思われてるかも知れぬがシカシ心中では常にお世話になった事を感謝しておる。故二葉亭に関する坪内君の厚情は実に言舌を以て尽しがたいほどで、私如きは二葉亭とは・・・ 内田魯庵 「明治の文学の開拓者」
・・・いたのをのせ、その上から車の心棒の油みたいな色をした、しかし割に甘さのしつこくない蜜をかぶせて仲々味が良いので、しばしば出掛け、なんやあの人男だてらにけったいな人やわという娘たちの視線を、随分狼狽して甘受するのである。 五年前、つまり私・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・そして他の若い無邪気な同窓生から大噐晩成先生などという諢名、それは年齢の相違と年寄じみた態度とから与えられた諢名を、臆病臭い微笑でもって甘受しつつ、平然として独自一個の地歩を占めつつ在学した。実際大噐晩成先生の在学態度は、その同窓間の無邪気・・・ 幸田露伴 「観画談」
・・・彼らは、みなこの運命を甘受すべき準備をなしている。 故に、人間の死ぬのは、もはや問題ではない。問題は、実に、いつ、いかにして死ぬかにある。むしろ、その死にいたるまでに、いかなる生をうけ、かつ送ったかにあらねばならない。 ・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・して自己の為めに死に抗するも自然である、長じて種の為めに生を軽んずるに至るのも自然である、是れ矛盾ではなくして正当の順序である、人間の本能は必しも正当・自然の死を恐怖する者ではない、彼等は皆な此運命を甘受すべき準備を為して居る。 故に人・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・図々しい、わがままだ、勝手だ、なまいきだ、だらしない、いかなる叱正をも甘受いたす覚悟です。只今、仕事をして居ります。この仕事ができれば、お金がはいります。一日早ければ一日早いだけ助かります。二十日に要るのですけれど。おそくだと、私のほうでも・・・ 太宰治 「誰」
・・・彼がどれだけ多くの日本映画を見てそう言ったかはわかりかねるが、この批評はある度までは甘受しなければなるまい。なんとなればわが国の映画製作者でも批評家でも日本固有文化に関心をもって、これに立脚して製作し批評しているらしい人は少なくも自分の目に・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・その結果として、自然の充分な恩恵を甘受すると同時に自然に対する反逆を断念し、自然に順応するための経験的知識を集収し蓄積することをつとめて来た。この民族的な知恵もたしかに一種のワイスハイトであり学問である。しかし、分析的な科学とは類型を異にし・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・色々の豆のために命を殞さないまでも色々な損害を甘受する人がなかなか多いように思われるのである。それをほめる人があれば笑う人があり怒る人があり嘆く人がある。ギリシャの昔から日本の現代まで、いろいろの哲学の共存することだけはちっとも変りがないも・・・ 寺田寅彦 「ピタゴラスと豆」
・・・しかして彼らはこの寒さと薄暗さにも恨むことなく反抗することなく、手錠をはめられ板木を取壊すお上の御成敗を甘受していたのだと思うと、時代の思想はいつになっても、昔に代らぬ今の世の中、先生は形ばかり西洋模倣の倶楽部やカフェーの媛炉のほとりに葉巻・・・ 永井荷風 「妾宅」
出典:青空文庫