・・・そうしてなめらかな泥汁にぬれた土の肌も見る見る生き生きとした光沢を帯びて来るのである。次には、この土塊の円筒の頂上へ握りこぶしをぐうっと押し込むと、筒の頭が開いて内にはがらんとした空洞ができ、そうしてそれが次第に内部へ広がると同時に、胴体の・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・夜のふけるに従って歌の表情が次第に生き生きした色彩を帯びて来た。手拍子の音が気持ちよくそろって来るのは妙なものである。 十七日は最終の晩だというので、宵のうちは宿の池のほとりで仕掛け花火があったりした。別荘の令嬢たちも踊り出て中には振袖・・・ 寺田寅彦 「沓掛より」
・・・ 麦の芽は、新しく撒かれる肥料の下で、首を振り、顔を覗かして、生き生きと躍った。――ホイ、こいつぁ俺がわるかった――善ニョムさんは、首まで肥料がかぶさってしまうと、一々、肥料で黄色くなった掌で、麦の芽を掻き起してやりながら麦の芽にあやま・・・ 徳永直 「麦の芽」
・・・まして女性の現実では、――きょうでも日本のほとんどすべての女性が苦しんでいるのは、新しくなろうと願う彼女の生き生きした足や手にからんで、ひきもどそうとしている旧い力なのだから。そして、その旧い力は、決して思想の上での旧さばかりにあらわれてい・・・ 宮本百合子 「偽りのない文化を」
・・・ 政治という言葉を、本来の生き生きとした人間の言葉に云い直すと、それは、社会のきりまわし法という表現になる。一家を、男ばかりできりまわせるものならば、妻を喪った男やもめに、蛆が湧くという川柳は出来なかった筈であると思う。 婦人が、天・・・ 宮本百合子 「現実に立って」
・・・腰の物は大小ともになかなか見事な製作で、鍔には、誰の作か、活き活きとした蜂が二疋ほど毛彫りになッている。古いながら具足も大刀もこのとおり上等なところで見るとこの人も雑兵ではないだろう。 このごろのならいとてこの二人が歩行く内にもあたりへ・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・ しかし、何といっても、作家も人間である以上は、一人で一切の生活を通過するということは不可能なことであるから、何事をも正確に生き生きと書き得られるということは所詮それは夢想に同じであるが、私たちにしても作者の顔や過去を知っているときは、・・・ 横光利一 「作家の生活」
・・・ もしもコンミニストが、此の文学の持つ科学のごとき特質を認めねばならぬとしたならば、彼らにして左様に認めねばならぬ理由のもとに於てさえ、なお且つ文学は生き生きと存在理由を発揮する。 文学がしかく科学のごとき素質を持ち、かくの・・・ 横光利一 「新感覚派とコンミニズム文学」
一 私は近ごろ、「やっとわかった」という心持ちにしばしば襲われる。対象はたいていこれまで知り抜いたつもりでいた古なじみのことに過ぎない。しかしそれが突然新しい姿になって、活き活きと私に迫って来る。私は時にいくらかの誇張をもって、・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
・・・おりふしかわいい小鳥の群れが活き活きした声でさえずり交わして、緑の葉の間を楽しそうに往き来する。――それが私の親しい松の樹であった。 しかるにある時、私は松の樹の生い育った小高い砂山を崩している所にたたずんで、砂の中に食い込んだ複雑な根・・・ 和辻哲郎 「樹の根」
出典:青空文庫